第一話 魔女、現れる
プロローグ ごめんね。僕は、たった一言を伝えたかっただけだった。 世界で、ただ一人のきみに、心からの「おめでとう」を。 ごめんね。そんなちっぽけな願いすら、僕には叶えられなかった。 許してくれとは言わない。それでも、本当…
-->
プロローグ ごめんね。僕は、たった一言を伝えたかっただけだった。 世界で、ただ一人のきみに、心からの「おめでとう」を。 ごめんね。そんなちっぽけな願いすら、僕には叶えられなかった。 許してくれとは言わない。それでも、本当…
かえでメンタルクリニックはJR駅から徒歩圏内の雑居ビルに開業されており、心療内科と精神科を標榜している。 透が紹介状と市役所から送られてきた受診のための医療受給者証などを受付に出すと、医療事務の女性がにこりと微笑んで「お…
朋子はまだコーヒーにミルクを入れないと飲みきれない。神谷の淹れる一杯を求めてやってくるファンが多いことは知っているが、ブラックではどうしても苦みや酸味が強く感じられてしまうのだ。それをよく知っている神谷は、ランチの混雑時…
透のただならぬ雰囲気にこれ以上は問うべきではないととっさに察した香月は、「そうなんだ。まあ、いろいろあるよね」とはぐらかすように笑った。透は跳ね上がってしまった動悸をどうにか抑えるため、ぎこちない手つきで懸命に胸元をおさ…
クリスマスイブは人々にえもいわれぬ高揚感を与える。街なかは昼間からイルミネーションとクリスマスソングで賑々しく盛り上げられ、通りを歩くカップルはほとんどが手を繋いでいた。いつも座って空の表情をスマートフォンで撮影する公園…
季節は確実にめぐりゆき、桜の季節がやってきた。見事な桜並木がこの小さな街にも存在する。コトノハから歩いて10分もすればたどり着ける、多摩川支流の小さな川の河川敷だ。 「場所取り、ありがとうございます!」 元気いっぱいの美…
真冬の一大イベントといえば、バレンタインデーだろう。コトノハでも美咲の提案でチョコクッキーを置いたところ、若い女性を中心に売れ行きは好調だった。 クッキーを焼くのが美咲。そしてリボンをかけたり値札を張ったりするラッピング…
ゴミ捨てのために裏口のドアを開けて一息つくと、吐いた息が真っ白になった。あっという間に指の先まで冷たくなったので、暖めようと手をこすりあわせた。 ふと空を見上げると、夕暮れ時ののどかな空に滔々と雲が流れている。あー、と思…
透の問いに、美咲はにっこりと微笑んで答えた。 「私は笑っていたいんです。どんなときも。私の笑顔で他の誰かが笑顔になってくれたら、とても嬉しいから」 「悲しいときもですか」 「えっ」 「悲しいときも、美咲さんはそうやって笑…
封書には住所の記載もなければ切手も貼られていなかった。どうやらここに直接投函されたものらしい。透はざわつきを覚えた。忘れるわけがない。これは間違いなく朋子の筆跡だ。家に入ってハサミでそっと端から開封すると、レースをかたど…