第八話 過去形

祐司の問いに、佳恵はまっすぐ彼の目を見ながらこう言った。 「自分にできることを、しなきゃって思っただけです」 「……どういう意味?」 「そのままの意味ですよ。私はもう、後悔したくないんです」 佳恵はフ…

第九話 忘れ物

壁掛け時計の秒針ばかりが進んでいるようにすら感じられた。北野は佳恵からの連絡を待っていたが、一向に鳴らない電話に若干の焦りを感じはじめていた。 「遅いね」 「遅いですねぇ」 真奈美はカフェラテを飲みな…

第十一五話 誘拐犯と脱獄犯

外はとうに日も暮れ、空は闇に包まれていた。センターの前からでも、星は確かに見えるが、佳恵が、いや裕司が求めるのはこんな程度の星空ではない。 あの日観た、降り注がんばかりの星々。 もう一度、一緒に見たか…

最終話 添え星

裕司の体を懸命に抱きしめる佳恵。彼女もまた、泣いていた。たぶん、いや絶対、一生かかっても沙織には敵わないのだろう。佳恵は、沙織の代わりにはなり得ない。 しかし、沙織にできないこと、つまり佳恵にしかでき…

第十一六話 天体観測

頭上に広がるのは、満天の星々。それらが降り注がんばかりに煌めいている。 「わぁ……」 先に声を出したのは佳恵だった。裕司は、半ば呆然と空を見上げている。 思い出す、ペルセウス座流星群をみんなで観た、あ…

第十一四話 人を想う

午後六時を回ってから、相談対応を終えた真奈美が事務室に戻ってきた。 「あら、お客様?」 と言ってからすぐに、 「……じゃ、ないわね」 真奈美の感の鋭さは、臨床心理士であるからというよりも天性の才能だろ…

第十一三話 日記

裕司が見たのは、モノクロの光景だった。時間が止まって感じられた。空間が凍り付いて感じられた。いや、何も考えられなかった。 「ごめんなさいね……」 沙織の母親が頭を深く下げた。 目の前には、空白になった…

第十一二話 色彩

想いが通じ合うということに起因する自己肯定感は、人生の中で味わう喜びの中でも最上級かもしれないとすら、裕司は感じていた。 毎日が色彩豊かな日々だった。 教室の白いカーテンは風に踊っていたし、彼女の制服…

第十一話 彼女の告白

佳恵は怒られる、と身をかがめた。 「まぁ、でも……」 北野はテンションを戻して、けろりとした表情になった。 「いっか」 「いいんですか!?」 思わずつっこむ佳恵。 「え、だって、駒春日病院の患者さんっ…

第十話 寄り添う

こころのケアセンター・・ラナンキュラスは、八王子駅から少し奥まったところにある、小さなカウンセリングルームだ。北野修介が十年ほど前に、病院から独立して起業した。 北野はいくつかの精神科病院についてその…