第五話 再会

我ながらなんという嘘をついているのだろう。佳恵が冷や汗をかいていると、恵は驚いた表情で、 「犬伏くんに妹さんがいたなんて……!」 と、感動すらしている。 「生き別れってことは、きっと色々あったのね」 …

第三話 電話が鳴った

なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名…

第十七話 慈愛の罠(三)願い

ひとしきり話を終えた裕明は、昂ぶった呼吸を整えるために、長くため息をついた。 「そういうことなんです」 力なく笑ってみせる裕明に対し、美奈子はあっけらかんと右手を、再度高く上げた。 「はーい、先生!」…

第十八話 慈愛の罠(四)風

それは確かに、二人にとっては優しい時間だった。不自由と抑圧を絵に描いたような場所ではあったが、それでも二人は、その空気に抗するごとく、不器用ながらも真剣に心を育てあった。 少女——雪は、ちらりと目が合…

第十六話 慈愛の罠(二)邂逅

事件の一報を児童養護施設の職員から知らされた裕明はうつむいて、その職員に気づかれないよう、「やっぱり」とこぼした。宿直の男性職員は、裕明に深呼吸を勧めた。 「まず、落ち着くんだ。今回のことは、いずれ知…

第十五話 慈愛の罠(一)人殺し

木内が美奈子を待合ロビーへ招き入れ、あおいがウォーターサーバーの水を汲んだ紙コップを手渡すと、美奈子はそれを一気飲みした。開口一番、「話をさせてください」という美奈子の鬼気迫る雰囲気に一瞬だけ圧倒され…

第十四話 過日の嘘(七)邪魔者

木内の口から「情報提供」として若宮に共有されたのは、高畑美奈子の家庭環境についてであった。 彼女の父親は大手の商社に勤めるサラリーマンであったが、長引く不況ゆえリストラの対象となり、マイホームのローン…

第十三話 過日の嘘(六)声

美奈子が小鳥のさえずりで目を覚ますと、心地よい日差しが簡易ベッドの足元に差し込んでいるのが見えた。こんな優しい光は、久しぶりに見た気がする。まるであたたかかった祖母のひざの上のようだ。 美奈子はその光…

第十二話 過日の嘘(五)カード

美奈子がいなくなったことに混乱した裕明が「白い部屋」を飛び出し、そのまま院内のあちこちを彷徨っていたのと時を同じくして、入院棟の夜勤を担当していた看護師たちがある異変に気づいていた。夕飯を配膳しようと…

第十一話 過日の嘘(四)定規

岸井の気持ちを落ち着かせようと、木内は「深呼吸を」と彼女に促した。 「裕明に特段、おかしな様子はなかった?」 「野暮なこと言うのね」 「え?」 「『おかしい』って、まるでどこかに『おかしくない』って定…