プロローグ(意味のない幕開け)
これは、紅茶がさめるまでに語られる、「本当の彼」が「彼女」と結ばれるまでの暇潰しにもならない物語。 【悪夢の演出家より挨拶】 最初に告げておきましょう。僕は一介の演出家に過ぎません。この白い箱には約束という名の極上のプレ…
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これは、紅茶がさめるまでに語られる、「本当の彼」が「彼女」と結ばれるまでの暇潰しにもならない物語。 【悪夢の演出家より挨拶】 最初に告げておきましょう。僕は一介の演出家に過ぎません。この白い箱には約束という名の極上のプレ…
青年は強引に美奈子の腕を引っ張り、獣のように鋭い眼光を彼女に突きつけた。美奈子の額の汗と血の気とが、一斉に引いていく。 「こんなところに、何をしにきた……」 先ほどまでの透明感のある声とは打って変わって、低いうめき声で青…
先ほどまでの鋭い眼光はどこへいったのか、青年はあどけない表情で自身の両腕を無邪気に美奈子に絡ませてくる。 「ねぇ、おねえちゃんは、ぼくのおともだち?」 「え……」 「あっ!」 青年は目を輝かせて、湿り気のある風の入ってき…
奥多摩よつばクリニックは、消毒液と汗の混ざったような病院独特臭いはまったくしない。それどころか、木造ならではの心地よさをそよ風が助けて、気持ちが安らぐような心地すらする。 美奈子はしばらくの間、入院病棟へと続く廊下の壁に…
青年は美奈子のほうを一切見ることなく、ひたすら鏡の破片を集め続けている。その姿は月夜の浜辺で貝殻を集める寡黙な詩人のようだ。 美奈子が扉のそばで立ちつくしていると、青年は相変わらずうつむきがちのまま、こちらに話しかけてき…
高畑美奈子は「その日」も、自宅最寄りの中野駅からいつもと同じダイヤの下りの中央線に乗り、乗り換えの立川駅のエキナカにあるベーカリー「キィニョン」でお気に入りの焼きカレーパンをゲットし、足早に青梅線を目指していた。青梅線は…
「いやー、最後の一球は本当に惜しかった。絶対あれストライクゾーンだったでしょ。あの程度の当たりだったら、僕があと十歳若かったら余裕でキャッチできてた」 「ソフトボールがタイブレーカーじゃなかったら、絶対に逆転してたよね」…
彼は機械的な動きで銀のボウルの中の巨峰を一粒ずつ指でつまみ、隣に置かれた白い皿に移し替える。4秒間で一粒移すのが、だいたいの目安だ。呼吸をまったく乱すことなく、しかしどこか切迫した空気を醸し出しながら、「作…
「幽霊? なんの話かな」 そう言ったのは、他ならなぬ中野だ。真弓は「え?」と目をキョトンとさせた。 「あの、例のイケメンさんの件なんですけど……」 「まぁ、こんな古民家じゃ、幽霊の一人や二人、出てもおかしくないかもしれな…
……かつて愛した貴方へ。私には一切の恐れるものがなくなり、失うものを失い果てて、ついに自由から逃れなくなりました。すなわち、私が残滓であるということを、他でもない私自身が理解してしまい、この薄汚れた殻を破らざるを得なくな…