第二群  聖 夜

師走に入り、街は一気に賑やかになった。街を彩るイルミネーション、華やかなクリスマスソング。しかし、すべてが麻衣子にとっては疎ましかった。 いや、自分には縁がないと思っている。病棟でもクリスマスパーティらしいものをするが、…

第一群  黒 蝶

診断不能、なのだそうだ。現代の医学では奇跡は解き明かせないということだろうか。 樋野麻衣子は、指先から徐々に体が黒蝶に変化する病に冒されている。病名はまだない。極めて希有も稀有、それもそうだろう。 「ありえない」というの…

最終話 虹

6月のよく晴れた日、絵美子の結婚披露宴が盛大に開かれた。いつもメイクには気を遣っている絵美子だが、プロにメイクアップしてもらい、ウェディングドレスを身に纏った姿は、見る者を惹きつけるだけのパワーに溢れていた。 「おめでと…

第二十二話 優しい時間

想いが通じ合うということの、凄まじい自己肯定感は、同時に彼を不安にもさせた。自分はこのまま幸せになってもいいのだろうか? しかし、彼女は教えてくれた。共に歩もうと。共に、影を背負っていこうと。 解き放たれる時があるとした…

第二十一話 抽象画

真一の自宅は、中野駅から15分ほど歩いたところにあった。木造モルタルのアパートの、102号室。駅までの道すがら、二人はコンビニに寄ってお菓子や飲み物を買った。それから、安全に結ばれるための道具も。これは桃香がこっそり買っ…

第二十話 クリスマス

決して許さないで、そして忘れない。思い続けることが、彼にとっての償いなのかもしれない。 苛烈な過去を語ってなお、桃香は真一のことを受け入れた。そのことは、許しを意味するわけではない。それでいいのだ。それが、いいのだ。 今…

第十九話 手を繋ぐ

ふるーるの所長、三浦さんはこうなることすら全て見抜いていたのだろうか。 あの時、三浦さんは桃香にこう、問うていた。 「人を、さ。想う気持ちって大事だけど……」 「はい」 「人をありのままに受け止めるって、簡単じゃないよね…

第十八話 許さないということ

江古田の喫茶店で、彼女は静かに涙を流しながら、彼の手を握っていた。彼女の精一杯の力で、握りしめていた。 彼の口から語られた話を、桃香ははじめはじっと聞いていた。しかし、話し終えた真一の様子が明らかにおかしいことに気づいた…

第十七話 アトリエ

心に蓋をするのは、彼にとって簡単なことだった。級友の「事故死」すら、1ヶ月もすれば机の上の花瓶もなくなり、日常がだらしなくやってくる。 また、みんなが空気を読みあい、相互監視する日々がやってきた。人は忘れる生き物なのだろ…

第十六話 弱さ

祖父がそれを読んでいたのはなんとなく覚えている。中原中也の「山羊の歌」だと知るのは随分後のことだが、「サーカス」という詩の独特な表現が、妙に心に残った。 「ゆあーんゆよーん ゆやゆよん」。 再生されるのは、優しかった祖父…