師走に入り、街は一気に賑やかになった。街を彩るイルミネーション、華やかなクリスマスソング。しかし、すべてが麻衣子にとっては疎ましかった。
いや、自分には縁がないと思っている。病棟でもクリスマスパーティらしいものをするが、お菓子とケーキが出て、カラオケをして、それでオシマイだ。つまんない。本当に、つまんない。
「歌を歌いましょう」
音楽療法士が勝手に盛り上がっている。ピアノを前に、「川の流れのように」を伴奏し、声高に歌っている。数人の患者がそれを口ずさんでいる。
くだらない。まったくもって、くだらない。
「つまんない」
気づいたら、口を衝いて出ていた言葉だった。
「そう思う? 私も」
思わぬ形で応答があった。最近入院してきた、同じ歳くらいの少女だ。異様なまでに痩せこけ、左腕には痛々しいリストカットやアームカットの痕が残っている。中にはまだ新しい傷もあり、赤々と、まるでその存在を主張しているかのようだ。
「名前は?」
麻衣子はその問いに、少し置いてから、「……樋野」と答えた。
「やだなぁ、ナマエよ、ナマエ。私は、ショーコ。後藤晶子」
「あ、えっと」
麻衣子は少し慌てて名乗った。
「麻衣子」
「麻衣子、どーしてこんなとこにいるの? 潔癖症?」
無神経といえば無神経な質問だ。しかし、不思議と不快な気分にならない。
「違うよ。私ね、こうなの」
麻衣子は躊躇いなく、手袋を外してみせた。指先が黒ずんで蠢いているのを見た晶子は、興奮した様子を見せた。
「うっわ、すっご」
「……そう?」
「切断したら治るんじゃないの?」
「それはできないの」
「なんで?」
麻衣子は返答に困った。少し押し黙ると、晶子は察したようだった。
「ゴメンね」
「ううん、いいよ。あのね、なんだかとても悲しくなるの。蝶も私の一部だから」
「ふーん」
それ以上のリアクションを晶子はしなかった。それが、麻衣子にとっては心地よかった。きっとそれが許されるのはここがある意味で『箱庭化』しているからなのかもしれない。勿論、悪い意味で。
「ショーコは」
なんで『こんな場所』に?
「見りゃわかるじゃない」
ズタズタの左腕を見せて、晶子は笑う。
「切らないと、生きてる実感がないの。超寂しいでしょ、私」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって。彼にも捨てられたし」
「……」
ようやく煩わしいピアノの演奏が終わり、音楽療法士は拍手をもらって満面の笑みでお辞儀をしている。誰の何のための演奏だか全くわからない。
「カラオケ行きたいなー」
そう言って欠伸をした晶子は、「ね、好きなアーテイストは?」とよくある質問を麻衣子にしてきた。
「えっとね、林檎が好き」
「へー。結構意外」
「そうかな?」
「私はね、洋楽しか聴かないの」
「英語わかるの?」
「全然。でも、最近のJポップよりはずっといいよ」
「ふーん」
「CD貸そうか?」
いつか、退院できたら。
「うん」