戒飭——愛の作法
貴方からの戒飭かいちょくは、愛だと思っていた。疑う余地は一切なく、只管ひたすらに僕は、貴方の愚かな信奉者であった。 このことを過去形で語るのは、綻びを是としない認識を今や僕が忌避しているからだ。貴方が春風を連れてくるなら…
貴方からの戒飭かいちょくは、愛だと思っていた。疑う余地は一切なく、只管ひたすらに僕は、貴方の愚かな信奉者であった。 このことを過去形で語るのは、綻びを是としない認識を今や僕が忌避しているからだ。貴方が春風を連れてくるなら…
都内私立大学1年生の篠井久志は、大学生になって初めてギターを持った。マイペースを地で行く彼について、いくつかのエピソードをお話ししよう。 彼は高校生までは生粋の茶道部で、和を尊ぶ少年だった。外見も、黒髪短髪の地味な少年だ…
オリオン座を寒空に見つけた。僕の中で、果たされない約束が白く凝固していく。日々は容赦なく流れていくし、時の波に押し流されて、若さとやらも既に失われつつあるようだ。 「愛情とは自らを定位置に投影するための曖昧で不可解な感情…
高校生になって創作をはじめた。「ことばのねいろ」という詩歌の投稿サイトに「翅音」名義で自作の詩を投稿しはじめて半年、はじめて自分の作品に「ポイント」がついた。ポイントは作品が良いと感じたときに、サイト登録者が付与できる仕…
神は細部に宿るといわれる。だとしたら、今朝発見してしまった枝毛にも、神は存在しているのだろうか。 帰宅して、スーパーで買った握り寿司を適当につまみ、そのまま惰性でシャワーを浴びる。ろくに磨いていない鏡に、ろくにケアしてい…
ついに蝉が鳴き出したようで、盛夏を告げる声が耳に入ってくる。彼はぎこちない挙動でベッドに横たわる青年の肩に触れた。 その手が胸元に滑りそうになるのを、彼は精一杯の自制心で堪えた。青年の寝息は穏やかで、よほどリラックスして…
曲がりなりにもキマイラの我である。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐く。人間どもはこぞって我を恐れ、権力者らは報奨金までかけて討伐の対象とした。そう、我は世界の深淵という孤独に、いびつな肢体を預け…
「普遍的価値のある事象だけに意味があるだなんて、随分と陳腐な考えだね。別に、それが悪いとはいわない。ただ、神が何ゆえ、僕らに『痛み』を与えたかについて考えたことはあるかい? それは、僕らが生きているということを、他ならぬ…
澄んだ空気を鼻から吸い込むと、甘い花のにおいがした。つつじだろうか、くちなしだろうか。草木が生い茂って見えないが、近くには小川が流れているらしく、かすかに水音が聞こえる。 「待ってよ」 私が文句をつけても、彼は軽快な足取…
ひとりとひとりとが出逢って、ふたりになった。孤独と孤独とを掛け算したかのようなモノクロの虚しさが、日々を重ねるにつれ、いつしか彩られていく。これはそんな、ささやかで、それでいてどこかが強烈にずれている、「ふたり」の、なん…