高校生になって創作をはじめた。「ことばのねいろ」という詩歌の投稿サイトに「翅音」名義で自作の詩を投稿しはじめて半年、はじめて自分の作品に「ポイント」がついた。ポイントは作品が良いと感じたときに、サイト登録者が付与できる仕組みだ。
私の詩にポイントをつけてくれたのは、「Chemical finger」というハンドルネームの人で、プロフィールを読む限り男性のようだったが、インターネット上のことなので定かではない。
Chemical fingerさんはかなりのポイント保有者で、「今週の詩作ベスト5」にもよく選出されている「ことばのねいろ」の投稿常連さんだった。
私は嬉しくて、Chemical fingerさんがポイントとともにつけてくれたコメントを何度も読み返した。
『素直な言葉選びに、まっすぐ胸を打たれました。』
シンプルだが、自分の詩には過分な評価だ。正直、もう投稿をやめようかと考えていた矢先の出来事だったので、喜びはいっそう大きかった。
Chemical fingerさんのことが知りたくて、プロフィールに紐づいているSNSにスマートフォンからアクセスした。
アイコンはアコースティックギターの画像で、画面には「Chemical finger」と確かに記されていた。ヘッダー画像には、詩人らしく文字が連ねられていた。これも作品のうちなのだろう。
僕はきみを想っているよ/それは偶さかなことなんだよ/きみがもうこの世にいないとしても/この世界は息をするに値するだろうか?/美しいのは破裂の瞬間/そんなこととうに知っているでしょう/僕がどんなふうにきみを想おうと/きみには関係ないことだろうけれど/薬指の先まで想っているよ/切断面すら愛おしいんだ
最後の一節にぎょっとさせられた。さすがは「ことばのねいろ」常連組だ。私は緊張を懸命に押し殺して、Chemical fingerさんに初めてダイレクトメッセージを送った。
『ことばのねいろでお世話になってます、翅音です。突然のご連絡ですみません。先日は拙作へのポイントとコメント、ありがとうございました。とても嬉しかったです』
するとすぐに既読マークがついたので、私の心拍数はひどく跳ね上がった。どうしよう、と考える間もなく、返信がきた。
正確には、音声ファイルが送られてきた。スマートフォンの画面中央に、右を向いた三角形が表示される。
恐る恐るタップしてみると、やけに耳障りな、お世辞にも上手いとはいえないギターの音色が流れ出した。
私はすぐに停止ボタンを押した。なんだろう、よくわからない。ちゃんと最後まで聴かないと失礼だろうか。でも、意味がわからない。
その日はそのまま、後味の悪さを覚えつつ眠りについた。
私は「ことばのねいろ」に詩を投稿していることを、リアルの知り合いには明かしていない。そのため、退屈な授業も義理で所属している生物部も、日々のすべてが息苦しかった。早く帰宅して、新しい詩を投稿したい。たくさんの人に私の詩を読んでもらいたい。もっとポイントをつけてもらいたい。
日も暮れてやっと自室に戻れたころ、スマートフォンから通知音が鳴った。もしかしなくても、Chemical fingerさんからだった。
送られてきたのは、昨日と同じ音声ファイルだった。もしかしたら、Chemical fingerさんは声で返事をしてくれているのかもしれない。そう思って、私はヘッドフォンをペアリングさせてベッドの隅に座った。
弦の強くこすれるような音がしばらく続いた。我慢して聴き続けていると、急にヒステリックなアルペジオへと曲調が変化した。それが続いたかと思いきや突然、ブチン! と鈍い音がして、直後に「うあああああああ」という男性のうめき声が聴こえてきたので、私は咄嗟にヘッドフォンを壁に投げつけてしまった。その拍子にスマートフォンとのペアリングが外れたらしく、今度はスマートフォンから直接「あああああああああーッ!」という悲鳴が漏れ出した。「薬指が、薬指がぁー」「ああああああああああああああああああああああああ」
私はスマートフォンを手放そうとした。しかし、べっとりと汗をかいた震える手では、なかなかそれが叶わなかった。画面には立て続けに、三枚の画像が送られてきた。1弦の千切れたアコースティックギター。深紅に濡れたフレットのアップ。三枚目の暗い桃色がかった画像は、一体なんだ? どこかで見たことのあるような……。
私がぎこちないまばたきを繰り返していると、ボタンをタップしていないのにスマートフォンから音声が流れ出した。私の手元で、くぐもった男性の声がこう再生された。
「せつだんめんすら、いとおしいんだ」
くすりゆび より