第十九話 自爆
「真弓ちゃん、じゃあさっきのパートをもう一回いこっか」 真弓が中野のボイストレーニングを受け始めて三か月。季節はすっかり夏になっていた。半袖の真弓は元気よく『アリスの栞』を練習している。ハルコのギターに涼介のパーカッショ…
「真弓ちゃん、じゃあさっきのパートをもう一回いこっか」 真弓が中野のボイストレーニングを受け始めて三か月。季節はすっかり夏になっていた。半袖の真弓は元気よく『アリスの栞』を練習している。ハルコのギターに涼介のパーカッショ…
晴れて(?)bookmarkerのメンバーとなった真弓は、そのことを早速香織に報告した。 「すごいじゃん。学生サークルじゃなくて、いきなりライブとか」 「まぁね。なりゆき、っていうか」 「どんな?」 「えっと……」 まさ…
彰さん、私と名前の響きが似ていますね。これもご縁と感じています。そんなことをここにしたためても、あなたへの想いが募るばかりでつらいのです。私は元気です。本当ですよ。 庭に植えたラナンキュラスが咲きました。あなたが教えてく…
コーヒーの香りがその場にいる皆の鼻腔をつく。中野はいつも通り静かな佇まいで、一杯一杯丁寧にコーヒーを淹れている。 「美味しいねぇ」 ハルコがホッコリして呟く。その隣で涼介が、 「やっぱマスターのコーヒーは一級品だわ」 と…
彼はまるで宣言するように言った。 「本当は僕には、人を愛する資格なんてないのかもしれない」 「どうしてそう思うの?」 私がストレートにそう問うと、彼は一瞬だけ口ごもってから、 「……笑わない?」 私は真剣に頷いた。 「笑…
「これは……」 真弓の問いに、中野は意を決して答えた。 「僕の祖母だよ。『秋子』さんだ」 そう答えた。真弓は驚きを隠せなかった。 「私に、そっくり……」 「だからたよ」 「え?」 中野は、もがく彰の方を直視する。 「君を…
中野は驚いて、また内心焦ってもいた。彰のこんな姿を見られたら、きっと真弓は失望する。そして『アリスの栞』を辞めてしまう。そんなことを考えたからだ。 だから、至って平静を装って、中野は真弓に言った。 「真弓ちゃん。今日はど…
夜の新宿で待ち合わせた。あの日と同じ、霧雨だった。 東口のアルタ前で春色のワンピースを着て、歩きやすいようにヒールの低めのパンプスを履いて、緑色の傘をさして立っていた。 カバンには、先日彼が残した一枚のメモ帳が入っている…
あれから、彼は無難な言葉ばかり並べ立てて、私に努めて優しく接した。わさびとソースで汚れたレンジの掃除までしてくれた。 私といえば、思い出したように熱が上がってきて、ベッドに突っ伏してしまったのだが、そんな私を彼は介抱して…
「彰、大丈夫か」 中野は彰を落ち着かせようと静かに声をかける。涼介は驚いて、「何か、あったのか?」と言うが、しかしなおも彰は取り乱して、いつもよりも低い声で、「春の日に、薄桃色の女が一人、此岸で照れた顔して鼠を屠る……」…