眠れない夜に揺れるフェイクパールのピアス

「眠れない」 彼のその一言で、深夜のサイゼへ繰り出すことになった。玄関を出てすぐ、師走の冷えきった空気が頬を鋭く刺したから、ああ、ちゃんと冬なんだな。なんて当たり前のことを、しみじみ思ったりした。 サイゼが24時間営業を…

ふたり/中指

雪解けは終わりの合図、春 そしてきみは言うんだ 「はじめまして」って 笑顔が似てきたね、と藍子に言われて以来、ときどき鏡に向かって笑ってみる自分がいる。夫婦は似るものだとよく言われるけれど、私たちも例外ではないようだ。 …

天体観測

秋川浩輔あきがわこうすけは自分に課せられた使命を自覚して以来、規則正しい生活を心がけている。風邪など引くわけにはいかないからだ。 毎晩していた晩酌もやめた。惰性で動画を観るのもやめた。毎朝6時に起きて、新聞に一通り目を通…

ほどける

窓辺には金木犀の香りまたきみがほどけるきっかけを生む 人の記憶は、匂いと強く繋がっているという。ウェブ記事で読みかじっただけの知識だから、深い理由や正確な仕組みはわからない。けれど、いま私のとなりにいる彼を見れば、そのこ…

宇宙のひみつ

朽ちた枝のように見えるこれは、実は魔法の杖なのだ。そのことを知っているのは、私と黒猫のルルルだけ。 一週間前、私は公園でその杖を見つけた。ベンチの隅に無防備に置かれていたのだ。大発見だった。だから嬉しくて、私はルルルと駆…

分けあった季節

豊穣とは、枯れ朽ちる手前のいっときの喜び。祝福された実りを手にする人々にとって、収穫とは、その喜びを分けあう、かけがえのない作業だ。 幼馴染のフレイは、あどけなさの残る頬に土ぼこりをつけながら、僕の家の果樹園の収穫を手伝…

可哀想

情があるからこそ成り立つ舞台もあるでしょうに……。 情欲と情動の区別もつかなくなった憐れな貴方から昨晩、手紙が届きました。 以下、全文転載 相変わらず飽きずに満たしていますか? 前提として「愛している」はルール違反です。…

イカロスのみた夢

幼い頃の他愛のない話。 空を飛ぶための方法が知りたくて、町はずれの変わり者の家を訪ねたことがあった。 もうお昼ご飯なのに、博士はベッドの中でくまのぬいぐるみを抱いて眠っていた。 「ねぇ。人間はどうやったら空を飛べるの?」…

はじまりのレストラン

世界の終わりのその後に、ふたりは朽ちた一軒家で小さなレストランをはじめた。決してお客さんは来ない。それでもふたりはキッチンに並び、残された時間を丁寧に暮らしている。 「コロッケは意外と、手のかかるメニューだね」 じゃがい…

「それで、その死オカとかいう不気味な名前のホシは、どうやってあんなたくさんの人数を殺害したんだ」 「ちょっと現場のデカの走り書きが汚くて、数字が読みづらいんですが、少なくとも数百人……いや千人はくだらないかと」 「なんて…