豊穣とは、枯れ朽ちる手前のいっときの喜び。祝福された実りを手にする人々にとって、収穫とは、その喜びを分けあう、かけがえのない作業だ。
幼馴染のフレイは、あどけなさの残る頬に土ぼこりをつけながら、僕の家の果樹園の収穫を手伝ってくれている。
「見て、ディン。とても立派な葡萄」
フレイは笑顔で、僕にたわわな一房を見せてくれた。そのうちの一粒が、フレイのエプロンのポケットに落ちた。
フレイは舌を出して笑い、そっとそれを口に運んだ。
「役得、かしら。ああ、なんて甘いんでしょう」
僕は、思わずフレイに見とれている自分に気づいて、慌てて咳払いをした。
豊穣の女神と同じ名前のきみに惹かれるのは、ごく自然なことなのかもしれなかった。だから、病にきみが侵されても、この気持ちを諦めることなど、到底できなかった。
僕は毎日のように——ではなく、毎日、フレイを見舞った。街で見つけた、フレイの好きな作曲家のオルゴールを渡すと、フレイは顔を紅潮させて喜んでくれた。
「大丈夫、私きっと良くなるわ」
僕は、その言葉の信奉者となった。
医師から、もう打つ手がないことを聞かされたのは、その年の果樹園の収穫が始まる直前のことだった。
痩せ衰えたフレイは、それでも回復を信じ、僕が顔を見せるたびにオルゴールを鳴らしてくれた。
ある日、ついにフレイはこう告げた。
「もう一度、あの果樹園を感じたい」
それから僕は夢中で、フレイの華奢というには儚すぎる身体を抱きかかえ、真夜中の果樹園へ向かった。
収穫を待つ、宝石のような果実たちが僕らを出迎えてくれた。甘い香りに包まれたフレイは、おもむろに自らの足で歩き始めた。
「ああ、なんて芳しくて優しいの」
フレイは、果実たちに向かって両手を広げた。
「ディン。まるであなたのようだわ」
真夜中の果樹園は月明かりに照らされ、小劇場の舞台のようだった。きみはそこで舞い踊る、文字通り命を燃やしながら。
銀の糸が、ふつと切れた。
——きみは、きみの愛した風景の中でその生涯を閉じた。その景色に、僕は居ることが果たして、叶ったのだろうか?
「フレイ」
女神の名を口にすれば、今でも脳裏に鮮やかに蘇る。きみと分けあった、かけがえのない実りと、それを連れてきた季節たちのことが。