暇つぶし

僕はしげしげと目の前の少女を見た。少女は不機嫌そうに僕の視線を受け流している。 「邪魔じゃない?」 単刀直入に僕は言った。 「その羽。空気抵抗が」 少女はダンマリだ。 「不利だと思うんだ」 ショートカットヘアの少女は、ま…

ボールペン

窓の外では蝉の大合唱だ。クーラーのよく効いた部屋で、彼は木製の椅子に身を預けていた。読みかけの文庫本には、クローバーをあしらった栞が挟まれている。 梅雨明けをあれほど待ちわびたのに、いざ夏がやってくると、暑さも湿気も非常…

ゼンマイを巻く

地元のミニコミ誌の取材依頼が来たのは、紫陽花たちが雨に濡れて彩りを増す時期のことだった。 はなみずき通りと名付けられた通りに面したこの店だが、流行のカフェとは違って年号が昭和の頃からほとんどスタイルを変えていない、自分で…

開かずの踏切、スカートの汚れ

久々に会う彼とこじゃれたカフェでディナーをするために、日もとっぷりと暮れた街を新しいスカートを履いて歩いていた。 遮断機のバーが降りはじめて、しかし私は走ることをしなかった。ワイヤレスイヤホンの右側が耳から落ちてしまいそ…

朝と灰

(1) 皆川先生が亡くなった。その一報をLINEで受けた夜、僕はタブレットにダウンロードした「ニューシネマパラダイス」を観ていた。トトとアルフレッドの熱い友情に名作の呼び声高い映画だが、僕にはいささか美しすぎるように感じ…

水曜日の午後、喫茶白鳩にて

しとしとと雨の降る夕まぐれには、決まって彼のことを思い出す。彼はこういう日にこの喫茶店に来ると、いちばん窓際の席に座って、ずっと外を見ていた。雨だれがガラスに打ちつけるのを寂しげに、しかしどこか楽しそうに眺めていた。 彼…

白鴉

彼が神を自称しはじめてからも、私たちの生活になにか大きな変化が起きたわけではない。 彼は相変わらず寝坊するし、派手に忘れ物をするし、よく椅子の端にかばんの紐を引っかける。 自称とはいえ神なら予言のひとつもしてみたらどうか…

とある週明け、コーヒーを淹れるきみと

朝、目を覚ますと横にもうあなたの姿はなくて、珍しいことと思いながらリビングに向かうと、あなたはコーヒーメーカーのスイッチを入れているところだった。 「おはよう」 私が声をかけると、あなたは「おはよう」と返事した。考えてみ…

ピンク

たぶん、と前置きしてきみはいう。 桜が満開になったら、綻びは繰り返すと思うんだよ、なんて。 近所のかりんの花が咲き始めて、若葉の隙間から鮮やかなピンクを覗かせているけれど、私はあの色があまり得意じゃないの。 それはよかっ…

銀の翼

神さまになんて、なりたくなかった。 *** 今日の彼には、私の背中に銀色の翼が見えるという。映画館で流行りの作品を観ているときも、こじゃれたレストランでランチをしているときも、点灯前のイルミネーションが絡まった樹々の並ぶ…