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プレゼント

イルミネーションに浮き照らされた舗道を、小ぶりの箱を携えた男が歩いている。背筋をしゃんと伸ばして、規則正しい靴音を鳴らしながら。白い箱には真っ赤なリボンがかけられている。道を行き過ぎる誰もが、箱の中身は愛しい人への贈り物だと思うことだろう。

身を切るように冷たい風が吹きつけても、彼が歩を止めることはない。まっすぐに目的地めざして、着実に前に進んでいる。その表情はどこか冷めた、何もかもが他人事のような色彩に支配されていた。

二路線の乗り換え駅でもある駅の改札に、彼女はワインレッドのワンピースの上からベージュのコートを着て立っていた。約束は午後6時。時計の針はそれを今か今かと待ちわびている。ただでさえはやる気持ちが心臓から飛び出しそうで、彼女は茶色のブーツでコンクリートの床を何度かカツンと踏みつけた。

白い息が生まれては消える。私の人生もこれくらいあっけなければ、ためらうことなんてなかっただろうにな。

人波のなかから男の姿を確認すると、彼女は手ぶくろをした右手を小さく振った。男がそれに気づくと、軽く頷いてこちらに近づいてきた。

「待ちました?」

言われて、彼女は首を横に振る。頬は待ち焦がれた寒さですっかり赤くなっているというのに。

「じゃあ、行きましょうか」

言われて、彼女は懸命に「はい」と返事した。

駅から歩いてすぐにある、フォーマルカジュアルなフレンチレストランに案内をされた彼女は、椅子に座っても落ち着かない様子であたりをキョロキョロ見回していた。

クリスマス仕様にデコレーションされた店内は、カップルでいっぱいだった。ひょっとしなくても、私たちもそう見られているのかしら、と彼女の心はざわついた。

それとは対照的に、冷静沈着そのものの男はシャンパングラスを傾けて「出逢いに乾杯」となどと言ってみせる。彼女はどぎまぎしながら、グラスを合わせたのちカラカラに渇いた喉へシャンパンを流しこんだ。

アミュズ・ブーシエ、オードブル、ポタージュ、ポワソン、ヴィアンド、グラニテ、ロティ、デザート……どれをとっても美味しかったはずなのに、特にロティを切り分けるときの彼の手つきに見惚れてしまって、何を話したかほとんど覚えていない。

それでも、終始彼は落ち着いていたし、こうした場に慣れない彼女をうまくリードしてくれていた。

デザートと一緒に運ばれてきたハーブティーを飲み終えると、いよいよ男は箱をテーブル上に置いた。彼女の心拍数はいよいよ急上昇する。

「約束です」

男がいうと、彼女は小さく首肯した。男が厳かな手つきでリボンをほどいて箱を開けると、中身はからっぽだった。

「あなたを、プレゼントにします」

言い終えるや否や、男はティースプーンを彼女に向けた。ああ、やっとこれで、私は私をやめられる。彼女は目を閉じた。まぶたの裏に、捨て去りたい記憶や苦い思い出、傷だらけのくだらないこれまでが、バラバラになったパズルピースのようにほどかれてゆく。

絶望だなんてありふれた言葉は添えてほしくない。なぜなら、私は初めからどこにもいなかったのだから。馬鹿みたい、楽になりたいだなんて、まるで苦しんでいるみたいじゃないの。

ワインレッドのワンピースが抜け殻になって、男の向かいの椅子にばさりと舞い落ちる。椅子から立ち上がった男はこともなげにそれを折りたたむと、丁寧に箱の中へ仕舞った。愛しいものに触れるように、赤いリボンをかけ直して。

男は一人でレストランを出ると、今度は鼻歌まじりに軽い足取りで、イルミネーションの舗道を抜け、真冬の冷たい宵闇溶ける街へと消えていった。