これは、紅茶がさめるまでに語られる、「本当の彼」が「彼女」と結ばれるまでの暇潰しにもならない物語。
【悪夢の演出家より挨拶】
最初に告げておきましょう。僕は一介の演出家に過ぎません。この白い箱には約束という名の極上のプレゼントを。君の好きな、青いリボンに包んで差し上げましょう。この中身を目にした時、君はどのような決断を下すのでしょうね。非常に楽しみです。
いつか必ず、僕はこれを君に渡したい。今はまだからっぽだけれど、とっておきを詰め込んで、必ず贈りたい。
君は至上のアクターです。僕が選んだ、最高の演者です。存分にその姿を晒しなさい。僕の描く舞台の上で、君はすべてを解放するのです。
約束はいつも、雨の日に。惨劇はいつも、雨の夜に。いびつな天啓のもとに儘、導かれるがいい。君にはその資格があるのだから。
座して待ち、臥して黙しなさい。理性などというまやかしは、もう捨てるべきです。人を愛した記憶というのはセイを繋ぐトラウマの種となりましょう。愛に肯定された人間の傲慢さは我々の想像を絶します。正義を振りかざす人間の欺瞞には吐き気すら覚えます。
ならば、復讐すればいい。愛と正義に否定されたのであれば、そう、君こそが愛と正義を否定すれば良い。君は僕を憎むことを自らに許すのです。そうして――天使の羽を毟りなさい。
僕の目の前で息絶えてなお、呪いの歌を歌うあの忌まわしい天使の羽を。
僕の望み? そんなこと、決まっているじゃないですか。目を覚ました君と、あの空間で極上のアールグレイを飲むことです。そのためのとっておきを、僕は君に届けたい。幕は既に上がっているのですよ。
さぁ、舞台へどうぞ。
【高慢な観客の独り言】
結局、貴方たちは肯定されたいだけなんでしょう、こんな世界から。だったら好きなだけ足掻くといいわ。その御姿は少なくとも、私の認識する世界では決して美しくないけれど。私の美学を押しつける気はないし、私の認識が万物の真理だとも思えない。当たり前よね。
私はただ会いに来ただけよ、あの面影に。未練……とは違うわね。私の存在意義が贖罪になるのなら、私は生きる。結局、私も罪と罰が怖いのよ。こんな忌まわしい力がなぜ私に在るのか、それを問うのはナンセンス。実際に私は、既にそれを有しているのだから。
私に解剖できない世界はない。それが誰の愛であっても、正義であっても。あなたがその舞台の上で演じきれるというのなら、最後まで見せてちょうだい。どんな結末を貴方が選ぶのか、この眼に焼き付けて差し上げてよ。
さぁ、存分に踊りなさいな。
【浮遊する意識】
僕は、いつから僕だったんだろう。誰も教えてくれなかったし、僕もそろそろわからなくなってきました。
僕を、解剖してください。この世界が許すのであれば、僕を僕に見せてください。お願いです。僕に孤独を与えないでください。僕にも誰かを愛する資格をください。それが弱さだというのなら、僕はそれを認めるし、許しを乞います。
——僕は、僕になりたいのです。
【『彼』の遺言】
決して、俺を忘れるな。
第一章 幻想即興曲 へつづく