拘置所の面会室で、ガラス越しに葉山と若宮は向かい合っていた。面会は15分間だけ許されている。
「もう、なんて言うか、大丈夫なの?」
「うん。本当にすまなかった」
「おなかのこと? あれならもう、全然平気。葉山君こそ、具合良さそうだね」
「あまり認めたくないけど、あの人は本物の医者だよ」
「免許は、とっくにはく奪されてるけどね」
そう言って、二人は苦笑した。
「……まぁ、それはともかく」
と、ふと若宮が真顔になった。
「葉山君、少し痩せたんじゃない? 食事はちゃんと摂ってるの?」
その質問になぜか、しばし葉山はじっと動かなかった。あれ、訊いたらまずかったかな、と若宮が内心焦りかけたとき、葉山の口からこんな言葉が出た。
「ああ……どうも人間の食いもんは体に合わなくてね」
「え?」
葉山は自分の頬を指三本でなぞり、長く息を吐いた。
「葉山君、それはどういう――」
「もう時間だよ。君も仕事の合間にわざわざ来てくれたんでしょう。ありがとう」
次の瞬間には、葉山はいつもの柔和な笑顔を見せた。
「え、あ、うん」
戸惑う若宮に構うことなく、『彼』は彼女を促した。
「ねぇ、葉山君、あのさ……」
言いかけた言葉を、しかし若宮は呑み込んだ。
15分の面会時間はあっという間である。じゃあまた来るね、と言って若宮は帰っていった。見送る葉山の口元からは、若宮に気づかれない程度にうっすらと、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「決して……俺を忘れるな」
『すべてが解決すればいいというものではない。なぜなら、謎は謎のままが最も美味だからである』
魔都市に暮らす二人の変人のこの信念が、時に人を救い、時に人を突き放す。それは人の心と同じく、次々に色彩と形を変える。まるで雨上がりに虹のかかる空模様のように。