ある晴れた初春の日。若宮は、直接の面識はなかったが葉山の名代で、土竜の墓参りに来ていた。花と桶を持って、地面に粗野に突き刺さった卒塔婆の前で手を合わせる。
そのすぐ横に、直径15センチ程の小さな穴が開いていた。若宮が不思議に思って中を覗いてみると、中で一匹、モグラがうごめいていた。
「うわっ」
若宮は思わず後退した。モグラはササッと穴の奥へ逃げていった。
『決して、俺を忘れるな』
それは『彼』の遺言だったのだろうか。
「……」
若宮は気分が悪くなって、その場からさっさと引き上げることにした。
若宮は葉山の苦悩が、今になってようやく少し理解できた。彼はただ一言、こうツッコミを入れたかっただけなのだ。
『……モグラが刑事って、ありえねーよ!』
死体が話し、モグラが殺人を犯す、そんな世の中だ。常識とやらに縛られていちいちツッコミを入れていたら身がもたない。だけど、『さようなら』だけは……――言わないで、もう少しこのおかしな世界を守ってみるのも悪くない、と若宮は思うのだった。そして葉山のような苦悩を抱えないために、自分にとことん素直になろうと肝に銘じた。
若宮は、今の自分の気持ちを表す最高の言葉を探しあてた。空席の目立つ帰途のバスの中、彼女はポツリ、こう吐き捨てたのだった。
「……バッカみたい」
ミズの予感は悪い方へよく当たる。自分自身が都会に潜む伝説の一つであるということを自覚している。だからこそ、自分にしかできないことを遂行すべきだと考えているし、それが同時に自分の生き甲斐と言っても過言ではない。もっとも、死体を相手にすることが『生き甲斐』だなんて、とんだ皮肉だわ、とミズは時折自嘲するのだが。
「あの子だけは……、解剖したくない」
ミズの溜息は、本業のための部屋に用意された大量のホルマリン溶液に溶けて消えた。