第三章 さようならだけはいわないで

毒をもって毒を制する。今回篠畑が企んだ脚本のコンセプトだった。結果から言えば、葉山は死ななかった。若宮の携帯していた銃には、今日に限って銃弾が入っていなかったのである。これは単なる幸運か、それとも……。

真実は人の数だけ実っている。嘘はそれ以上、たわわに実っている。そんな世界で、若宮郁子は篠畑の描く舞台の主演女優に仕立て上げられたのだ。葉山大志の狂気という凶器は、臨界点を超えたことで葉山の中でようやく解消された。そして「自分を取り戻した」という意味では、彼は救われたのであろうか。

ミズは悔しさを噛み殺した苦々しい顔で、

「本当に、あなたのしたたかさには勝てる気がしない」

ため息をついた。

「ありがとうございます」

「別に褒めてないわよ」

そう言うミズの口調には、少しだけ安堵が滲み出ていた。篠畑はニコニコしながら、

「おいしいお茶受けが欲しいですね」

またとぼけた事を言う。ミズは、自分一人が緊張と不安に晒されていたことが気に食わず、

「しばらく手土産は無しよ」

負け惜しみっぽく言い放った。