隣の部屋から、パチンパチンと爪切りの音が聞こえる。今の私にはそれすら疎ましく感じられた。毛布を体に巻きつけて、ふてくされて横になって、私は長いため息をついた。
喧嘩した。ことの発端は情けないほど些細なことで、犬どころかきっとミジンコも食べちゃくれないだろう。
爪を切りながら彼が何を考えているのかを勝手に想像して、またへこむ。きっと私への罵詈雑言の嵐なんだ。むかつく。本当にむかつく。
だったら、私だって……などと息巻くが、一向に思考が伴わない。彼の欠点探しの旅は、一歩目でとん挫した。
彼に欠点がないわけではない。彼の嫌なところを列挙しようとする、そんな自分をまた嫌いになってしまうのだ。あー、私は、なんて性根の悪いやつなんだろう。
あれ、私は誰と喧嘩しているんだっけ?
パチン、パチン。
──切られるのは、果たして爪だけだろうか。
急に怖くなった私は、毛布を投げ出してリビングに向かった。
爪切りを終えた彼が、こちらを見もせずに、
「ごめんね」
と蚊の鳴くような声で謝った。私はとにかくそんな今の彼のすべてが気に食わなくて、彼の目の前まで猛進すると、彼のほっぺたを両手でつまんでうにーっとした。
「ばかやろー」
彼は眉毛をへの字にする。
「ご、ごめんってば」
しかし私は引き下がらない。
「謝るのは私のほうだ、ばかやろー」
「痛い、痛いってば」
「あ」
見れば、私の指先こそ爪切りが必要なほどに彼のほっぺたに食い込んでいる。
「爪、切りなよ」
「あ、うん」
──パチン、パチン。
私が爪切りするのを、彼はお気に入りの車の雑誌を読みながら眺めていた。
整った指先を彼に見せると、彼はこう呟いた。
「そういや、まだ、謝ってもらってない」
「ばかやろー!」
顔を見合わせて、二人して笑った。