ワイパーがせわしなく動いている。打ちつける雨は容赦という言葉を知らない。フロントガラスを襲う水滴は、ハンドルを握る隆弘の気分を苛立たせるのに十分だった。
あの日も、こんな空だったら。そんなことを考えてしまうのだ。
青の冴え渡る空に高々と上がった白球、それを日々重ねてきた練習通りにキャッチすれば、それで良かった筈だった。
一瞬、太陽がこちらを睨んだ。そんな気がした。熱射する光に視線を奪われて、彼はグローブから落球した。
そこから崩れた試合だったと言っても過言ではなかった。試合の流れは一気に相手に傾き、2点差を追いつかれ、ついには逆転され、隆弘の夏はあっけなく終わった。試合終了のサイレンの音は、彼の脳裏に苦い記憶としてこびりついている。
チームメイトで隆弘を直接責める者はいなかった。「気にするな」、何度そう言われたかわからない。しかし彼は怖くなって、インターネットでエゴサーチをしてしまった。それは彼の弱さの表れだったのかもしれない。案の定、掲示板にはボロクソに書き込まれていた。彼の人間不信の原点はこの経験だと言ってもよい。
隆弘はそれでも、いやそれだからこそ毎年、高校野球を気にしていた。辛い記憶は押し込めば押し込むほど、心に暗い穴を穿つことを、彼は実感として知っているからだ。
ラジオをつけながら降りしきる雨の音に耳を傾けて、しばし信号が青になるのを待った。ワイパーの規則的な動きも、どこか自分が機械の一部になったみたいで心地よかった。
「ああっと、ここでセンターがファンブル!」
突然、ラジオから悲鳴のような実況が聞こえた。
「この間に二塁ランナー、ホームイン! なんということでしょう、九回ツーアウト、土壇場で同点に追いつきました!」
やかましい夕立が降っていて本当に良かった。隆弘はラジオのボリュームを上げて、誰にも聞こえないように、乾いた声で笑った。それに呼応するようにワイパーは動き続ける。
隆弘はあの日以来、誰のことも信じないと誓ったし、また信じることはもはや不可能だと諦めるしかなかった。
笑い声はすぐに、深いため息に変わる。今エラーしたこの選手だってきっと、試合終了後には憐憫と非難の対象となるのだ。
隆弘はアクセルを強く踏み込むと、激しい雨の降る中、車を走らせる。どこまでも独り雨に打たれてゆく。いつまでも独り、どこにも影を伸ばさずに。