第二話 キャラメルフラペチーノ

金曜日の新宿で待ち合わせた。なんでまた、こんなやかましい街に? その問いに彼は、

「スタバに行こう」

と返してきた。

街を見上げればあちらこちらで微笑んでいる、人魚のロゴマーク。

「どのスタバ? この街、スタバだらけだよ」

私が抗議を込めて言うと、彼は前を向いたまま、

「どこでもいい。スタバなら、どこでも」
「だったら地元のスタバでもいいじゃん」
「違う。新宿のスタバがいいんだ」

……わからない。やっぱり彼のことが、わからない。それでもまぁ、いいのだ、きっと。

どうしようもないかまってちゃん。それだけは間違いないけれど。

アルタ前で二人、しばらく何も言わずに向き合った。同じく待ち合わせとおぼしき人々が、「久しぶりー!」だの「待ったぁ?」だの喚いている。

実に賑々しく、また平和だ。いや、この喧騒に平和という言葉が適切かはわからないが、少なくとも争いや諍いは起きていない。目に見える範囲ではあるが、しかし、確かに私にはその光景は平和に映った。

「……行こうよ」

私からそう切り出したものの、彼は遠くを見つめながら、ぼそっと呟いた。

「キャラメルフラペチーノってさ」
「はい?」
「キャラペって略すのは変かな?」
「……」

そんなことを訊くこと自体が、よほど変だ。

「さぁ。キャラフラでもなんでもいいんじゃないの」
「それはないな」
「なんで? キャラペよりはかわいいと思うけど」

すると彼は鋭い視線を私に送った。

「『かわいい』っていうのは、主観だよ。君の認識の域を出ないし、僕の類推には限界がある」
「あ、そ」

私はあきれてため息をついた。

「キャラペを飲みに行こう」
「はいはい、キャラフラね」
「キャラペ」
「あ、そ」

街を歩いていればどこがしかのスタバに出会う。この街はすっかりスタバに侵食されているようだ。

キャラペ。
キャラフラ。

正直、どちらでも良い。今思えば、キャラペのほうがかわいい気もする。悔しい。

けれど、どうでも良い。

だが、彼にとっては大切なことなのだろう。道中険しい顔をしながら、キャラペ、キャラフラ、キャラペ、とつぶやいている。

スタバに着くと、若いカップルや学生の集団で店内は賑わっていた。これもまた平和な風景に思えた。注文カウンターの近くに席を見繕うと、私は彼に言った。

「注文しなよ、キャラペ」
「キャラフラ派じゃなかったの」
「別に。無駄なこだわりは毒だよ」

私がそう言うと、彼はやや不機嫌な顔になった。

「忠告のつもり?」
「ううん、君と違って私はテキトーに生きてるだけ」
「そう。適当、か」

彼の言葉に、私はニヤリと笑った。

「注文しなよ」

私は彼を試すように言う。彼はゆっくり頷き、注文カウンターへと向かった。

「いらっしゃいませ、こんばんは!」

快活な口調で店員が迎える。彼は少し沈黙を置いてから、

「……キャラフラ、ください」

と言った。店員が間髪いれず、

「サイズはいかがなさいますか?」

そう返したので、彼はフリーズした。

私が席から「グランデで!」と彼をフォローすると、店員は笑顔で「グランデキャラペ入りまーす」
とさらりと言った。

なんでもないことなのだ。人のこだわりなんて、きっと本当にどうでもいいし、どうにでもなるものなのだ。

彼は新宿のスタバでキャラメルフラペチーノを頼むことが目標だった。それ以上でも以下でもない。ただ、それだけだったのだ。

私は、この「キャラフラ・キャラペ論争」に終止符を、第三者であるスタバの店員が派手に打ってくれたことに、心の中だけで密かに感謝した。

「……また、君に負けた気がする」

素直に負けを認めるところが、恐らく彼の長所だろう。
ストローでくるくるとキャラメルフラペチーノをかき回しながら、彼はふてくされた表情だ。なので、私はこう言った。

「だって、私が勝たないと、君、死んじゃうでしょ」
「それはそうだけど」
「認めるんかい」
「でも……」

彼は私ではなく、ガラス越しのネオンを見つめながら、こう言った。

「いつか必ず、勝つからね」

いやいや。まだまだ負けられませんよ。

第三話 映画館 へつづく