銀座での敗北(と認識されていること)がどうにも悔しくて、金曜日、仕事の帰り道にTSUTAYAに寄ってドラえもんの映画のDVDを借りた。ドラえもんがニューシネマ・パラダイスに負けないくらいに名作が多いことを、きっと彼は知らないのだ。
アパートに帰って一人、DVDをオンにする。借りてきたのは、6年ほど前の作品だった。絶滅した動物たちが時を超えて、「奇跡の島」で暮らしているというストーリー。
最初はポテチ片手に観ていたのだが、徐々に物語に引き込まれていき、気が付くと、泣いていた。
4回、泣いた。こんなにストレートに泣けるとは思わなかったので、完全に油断していたのだが、もう熱い涙があとからあとから溢れて、観終わると、気持ちがスッキリとさえした。
これは……なんとしてもドラえもんの映画を彼に観させなければならない。そして、過日の敗北を帳消しにしなければならない。今、確か新作が上映されているはずだ。
私は、確固たる自信を持って彼にLINEした。
「明日、暇? 行きたい場所があるんだけど」
すぐには、既読はつかなかった。
涙を流したので化粧もすっかり落ちてしまった顔をぬるま湯で洗って、すっぴんになると少しホッとする。嘘のない自分と会える気がするからだ。
化粧水をパシャパシャと肌にあてる。手入れは、これだけ。あまりいろいろはしない。パックなどは滅多にしないので、家に在庫もない。
パジャマに着替えてベッドにごろんと転がると、やっと聞きなれた通知音が聞こえた。彼からの返信だ。その内容は、やや意外だった。
「僕も、行きたい場所があるんだ」
(ん?)
まぁいい。私の目的は、汚名返上なのだ。すぐに返信、返信。
「待ち合わせは新宿でいいかな」
これには、すぐに既読がついて、返信があった。
「通常運転だね」
通常運転。実に彼らしい表現である。
新宿は、いつの間にか私たちにとって「いつもの」場所になりつつあった。あんなゴミゴミした、欲望渦巻く街、なんて言われたりする場所が、自分たちの「いつもの」なのだ。
そういえば、いきつけのお店なんかで「いつもの」を頼めるのって、日々の中でちょっとした幸せなんだよね、と友人の誰かが言っていた。ふとそんなことを思いだした。
よく晴れた土曜日。アルタ前で私は、待ち合わせ時間より二十分近く早く到着した。カーディガンにロングスカート姿で腕組みして、もしかしたら仁王立ちしていたかもしれない。何度も腕時計を見た。一分一秒がやけに長く感じられた。
目の前を行き過ぎる、幸せそうに手を繋ぎ、また腕組みして歩いていくカップルたちを見ていたら、臨戦態勢の自分がちょっぴり虚しくなった。
しかし、わかっている。私が虚しくなろうが虚しくなくなろうがどうしようが、彼の「死にたがり」が消えやしないことを。
時計が待ち合わせ時間の一時を指したところで、私は腕組みを解いた。そのまま伸びをして、あくびまでしてやった。大きく口を開けたところへ、背後から声をかけられた。
「待った?」
「あー、ふぁあっ」
我ながら間抜けな応答をした。私は少しぶすっとした。
「待ったよ」
「そう」
彼は涼しい顔で応答する。すっかり、「通常運転」だ。彼は何かを差し出した。
「じゃあ、行こうか」
「どこへ?」
言ってから、私は「あっ」と声を出した。それは、映画のチケットだった。
ドラえもん のび太の宝島 13時15分~
「あと十五分しかないじゃん!」
「走る?」
「当たり前!」
色々を考えるより先に、私たちは新宿の街を駆け出していた。
第五話 あれは、ずるい へつづく