第五話 あれは、ずるい

上映終了後、まだ桜が見ごろということで新宿御苑まで歩いた。なぜかしら彼は早足だった。

映画が終わってから二人とも、何も言わなかった。散り際になった桜並木に囲まれて、少しだけ息を弾ませて歩いていた。

顔が紅潮していたのは、私だけだっただろうか。なんとなく、大きな桜は避けたかった。だから、まだ樹齢の若そうな小ぶりの樹の下で、歩を止めた。

そよ風に揺れる桜を見ながら、沈黙に耐えられなかったのか、彼が切り出した。

「疲れた?」

私はふるふると頭を横に振った。

「僕は、ちょっと疲れたよ」
「そう。じゃあ、休んでく? 近くのカフェでも探そうか」
私がスマホを取り出そうとすると、彼はそれを制止した。
「ずっとさ、考えてたんだ」
「え?」
「ドラえもんの主人公って、誰なんだろうって」
「はい?」
「天才バカボンの主人公は、バカボンなのかな、それともバカボンのパパなのかな」
「……」
「同じ要領でさ、ドラえもんの主人公ってドラえもんなのかな、それとものび太なのかな」
「……さぁ」
私はカーディガンに落ちてきた桜の花びらを指でつまんだ。そうして、得心さえした。

I got it !

私は破顔で、こう言ってやった。
「じゃあ、そんな君にクイズをだすよ」
「クイズ……」
その単語が出た途端に、目頭を抑えて顔を背ける彼。構わずに私は続ける。
「つくけど出発しないものって、なーんだ」
「……」
彼はわざとらしく咳払いをする。
風が花びらを運んで、二人を包み込んだ。

彼は今、自分が置かれている状況をやっと理解したのだろう。おずおずと、
「……わかった……」
と呟いた。がっくりと肩を落として。

私はニコリと微笑むと、
「主人公は誰でもいいんじゃないかな。観た人に委ねるってことで」
「そうだね……」
「あ、食べログによるとこの近くに点数高めのカフェがあるよ」
「そうだね……」
「あれ? 目が赤いよ。花粉症だったっけ?」
「そうだね……」
彼はもはや、抵抗する気力を失ったようだ。私は畳み掛けるように言った。
「一言だけ、言い訳できるとしたら、なんて言う?」
我ながら酷な質問である。彼は頭を傾げて、
「あれは、ずるい」
とだけ言った。

私はスキップのような足取りで彼の先を歩く。御苑を抜けて目的のカフェに到着するまで、鼻歌を歌い続けた。

つくけど出発しないもの。それは、勝負。

第六話 いとも、簡単に