第六話 いとも、簡単に

中野ブロードウェイ。サブカルチャーの一大拠点のような場所だと噂では聞いていたが、実際に行ったことはこれまでなかった。特に興味がなかったというのが大きな理由だ。
新宿から中央線快速でひとつめ。たったひと区間で、街はこんなにも表情を変えるものなのだ。青山や表参道が澄まし顔なら、新宿はギラギラした顔で、中野はたぶん、何を考えているのかわからない、そう、彼のような顔をしているのだろう。

待ち合わせ場所に中野を指定された時、私はすぐに彼が中野ブロードウェイに行きたがっているのだと思った。なんとなく、彼が好みそうな店ばかりだと中野ブロードウェイのサイトを見て感じたからだ。……あくまでも、なんとなく、だが。

中野駅構内のコーヒーショップで待ち合わせた。私は彼が来るまでさらに予習をしようと、スマホを取り出して「中野ブロードウェイ」で検索した。すると、

「初心者でもわかる中野ブロードウェイ!」

というサイトがヒットした。これは、見ておかねばならない。汗をかいたアイスティーを一口飲んで、私は心してサイトにアクセスした。

先日まで桜が咲いていたと思えば、今日はもう夏日まで最高気温が上がって、昼間はカーディガンを羽織る程度で過ごせるようになった。季節というのは、容赦なく淀みなく巡っているようだ。昨今は特に加速度的な気もするけれど。

サイトによれば、中野ブロードウェイの中は、ざっくりいうと「個性的なショッピングモール」らしかった。昭和情緒溢れる喫茶店、マニア垂涎もののグッズや古本を揃えている店、ディープな占いの館などなど。

ますます、私の予想は確信へと変わりつつあった。今日の目的地は、間違いなく、この中野ブロードウェイのどこかだ。なんだろう、そこはかとなくアウェイな雰囲気すら、北口改札方面から感じる。サンモールを抜ければ、きっと何かがぽっかり口を開けて待っているのだ。

私はゴクリと唾を飲んだ。それをごまかすように、アイスティーを飲みきろうとストローに口をつけた時、私の視線はコーヒーショップの外に見慣れた姿を捉えた。

彼だ。こちらに手をひらひらと振っている。いつもと変わらず、飄々とした顔で。

正直、サブカルチャーには疎い私だったし、付け焼き刃的な知識で中野ブロードウェイを語ることもできない。なので、ここは水を向けるつもりで「教えて〜? わかんな〜い」的な作戦で臨もうと決めた。

「待った?」
「ううん、あんまり」
「よかった」

彼は唐突に私の手を取ると、南口改札の方へと歩き出した。

(え、え?)

「ちょっと、どこに行くの?」
「まだ言ってなかったっけ」
「北口ならあっちだよ」

彼は一瞬、目を細めた。私はそれを見逃さなかった。 そしてなんだか悔しくなって、
「どこに行くのさ」
憮然とした顔で抗議した。だが、彼は余裕すら感じさせる表情で、
「何、もしかしてブロードウェイとかに行きたいの」
茶化すように言ってきたので、私はカチンときた。
「今の、語尾に『w』ついてたでしょ」
「なにそれ」
「またつけた!」
「やけに被害的だね」
それはそうだ。当たり前じゃないか。コイツはオトメゴコロというものを、まるでわかっていない。

こんな形で、初めて手を繋ぐなんて。まるでペットを誘導するかのような動作で。こんな人混みの中で。こんな雑然とした構内で。

こんな、いとも簡単に。

私はまるでかわいくない表情を浮かべたまま、囚われの宇宙人のような不恰好さでもって、彼と手を繋いで南口改札を抜け、線路沿いを東方面に歩いた。

煉瓦造りの建物を抜け、大通りを一本奥に入る。すぐに「ウナ・カメラ・リーベラ」というカフェの看板が目に入った。

「ここだよ」

(うん?)

「ここね、日によってオーナーが変わるカフェなんだけど」

(へぇ)

「今日のオーナー、死神なんだ」

(はい?)

「入ろう」
「あ、うん」

……だが、その前に。これだけは言っておきたい。

「あのさ」
「なに?」
「私たち、初めて手ェ繋いだね」

言われて、途端に手をパッと離す彼。自覚がなかったのだろうか、今更になって耳まで真っ赤になっている。

「あ、え、えっと……」
「謝るな。嬉しいんだから」
「……」

今日の勝負は少し長くなりそうだ。とりあえず、先制点は取らせていただきましたよ。

第七話 勘違い、してますよ