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私があなたを手にかけたのは、これで何度目だろう。目の前で派手に倒れてくたばったあなたは、すぐに起き上がって私の方をちらりとあきれた表情で見やり、それから面倒そうにシャツについた糸くずを払い、その手でテーブルに残っていたチーズ鱈を一本口に放り込んだ。

「お誕生日おめでとう」

生まれてきた日に、そう伝えるのがならわしらしいから、私はルーティンであなたにそう伝える。あなたは麦茶を一口飲んでため息をついた。

「今回の殺害動機は?」
「なんとなく」

この世界から倫理が消え去って、もう何年になるだろうか。科学と技術の進歩は人類を生老病死から解放し、肉体的な痛覚の除去にまで成功した。挙げ句の果てには死んだとしても際限なく蘇ることが可能となってしまった。

痛みを失った人類から、まず歌が消えた。失うという概念がないから、ラブソングはもちろんのこと、情景や憧憬、心情などをわざわざ音声化することは合理的ではないとされたのだ。

歌が消えると詩が消えた。万人に理解されないたかが個々人の心の叫びを目にしたところで、それに心を揺らがせることは全くの無意味であるとされたのだ。

自ずと法律が消えたので、かつて犯罪と呼ばれた行為に人々はこぞって手を出し始めた。誰を傷つけたって相手も自分も痛くないから。やってみたかったから。なにをしたってそれを咎める者がもういないから。

礼節なども早々に消滅した。たとえば肩がぶつかっても「ごめんなさい」ではなく無視。SNSでコメントをされても返信相手を選り好みしてあとは無視。そのほうがクールなことらしくて、「ありがとう」を口にするのはダサいことだからと誰もが避けるようになった。それゆえに優しさなどはとことん忌避され、嘲笑の的となり下がってしまった。

誰もが労せず生きられるために「生きづらさ」ではなく「死にづらさ」がハッシュタグのトレンドとなった。「生きるのがつらい」という文脈がどこにもなくなってしまったのだ。それでもPV数への執着は変わらないのだから、人間の本質は生死そのものとは直接関係がないのかもしれない。

信仰の逸脱もすぐに発生した。神を自称する者たちが溢れに溢れて、本屋ではカレンダーや手帳よりも「あなたもとれる! 正しいマウント(入門編)」が売れてトリプルミリオンセラーとなった。この本の書評はインターネットにこれでもかと出回った。「⭐︎1つ。俺の方がずっと面白いものを書けるわ」「⭐︎をつけるのも嫌です。どこが面白いのかわからなくて、確認のために何度も読み返しました」

死と病気と痛みを喪失した当然ながら医師や看護師は職を失った……わけではなく、これほどの技術革新を達成しても為し得なかったことがある。

超科学をもってしても、人間の心だけは消すことが出来なかった。「人間の」心は、である。神々は揃って手のひらサイズの四角い宇宙を凝視し、今日もしんどそうに気に食わない誰かしらをどうにかやり込めようと、とうに饐えた脳味噌を捻って、難しそうな言葉をコピペしてはさも自分で考えたかのように垂れ流し続けている。「ムカつき」や「苛立ち」にどんなに血圧を上げて最悪血管が破れて死んでしまっても、なんとなく生き返ることが可能だから。

そういうわけなので、今や医師や看護師のもっぱらの作業は、神になり損ねた「人間」の厄介極まりない「心」を管理・監視することなのだ。彼ら彼女らは自ら一切思考をせず、終わりを見失った人間たちのまぶたの裏にシリアルナンバーを焼き入れて暫定的な自由を与えることが具体的な職務内容なのである。

だから私たちは、調度品がすべて乳白色で統一された窓のない狭苦しい部屋で、もう何度目か数えるのが嫌になるほど、どんちゃん騒ぎのパーティーを開いている。でも、どうもみんな神様になってしまったみたいで「神様ゲーム!」とはしゃいでは一人ずつ死んでいき、飽きもせずに生き返っては「あーだりー」だの「暇」だの「うぜぇ」だの言い放って部屋を出て行ってしまった。

残されたのは、あなたと私、チーズ鱈と柿ピーとポップコーンのかす。私があなたを手にかけたのは、これで何度目だろう。そんなことはでもきっと、どうでもいいことなのだ。

「命って、大事なんだよ」

私がそう言ったところで、あなたが私に興味関心を向けることは決してない。その事実が、どうしようもなくつらい。胸がひどく「痛む」。

あなたはあくびをして、惰性で柿ピーのピーだけに手を伸ばした。

「なんで?」
「昔の人がそう言ってた」
「ふーん」

次に、先刻私にワインの空き瓶で頭部を殴打された時に椅子の座面に付着した自分の血を人差し指でなぞり、あなたはそれを口に含んだ。

「まっず」
「命って、尊いんだってよ」
「伝聞なんだ」
「うん」

除夜の鐘が一〇八回鳴らされなくなった理由を知る者はもういないけれど、たぶん煩悩は可算名詞じゃないと、何処かの誰かが気づいてしまったんだろうな。

そんなことよりも、いつまで経っても何度殺されても涼しい顔をしているあなたが、私はやっぱり、どうしても許せない。許せなかったら殺せばいいのだ、だって気に食わないんだもの。

テーブルの上に放置されたクリームまみれの、ホールのショートケーキを切り分けたナイフの切っ先を視認すると、私は精一杯強がって笑ってみせた。

「良いお年を」