俺のギター道

都内私立大学1年生の篠井久志は、大学生になって初めてギターを持った。マイペースを地で行く彼について、いくつかのエピソードをお話ししよう。

彼は高校生までは生粋の茶道部で、和を尊ぶ少年だった。外見も、黒髪短髪の地味な少年だった。

特に憧れるミュージシャンがいたわけでもない。ではなぜそんな彼が軽音楽部に入部したのか。

入学式直後、正門前で「燃やせ青春! バンドやろうぜ☆」と書かれた新入生歓迎用のチラシを押しつけるように渡された。

ニコニコ営業スマイルの上級生に久志は、無表情で

「あの、茶道部は何処でございましょうか」

一言発したのだが、それがやたら上級生にウケてそのまま、騙される形で軽音楽部のボックス(部室)へ案内された。

とっ散らかったボックスには、めいめいの好きなミュージシャンのポスターが所狭しと飾られていた。その中でも異彩を放っていたのは、ヴィジュアル系バンド「アークボーイズ」のポスターだ。ヴォーカリストが白衣を着て、メスに見立てたマイクで歌うスタイルが一部の女子に人気らしい。

(よくわからない)

というのが久志の抱いた率直な委印象だった。視線の落ち着きどころがないので部屋をキョロキョロしていると、興味を持ってくれたと勘違いした先輩が、自分のギターを出して久志に差し出した。

「どうだ。メンツが揃えばハコでもできるぜ」
「……?」

先輩の言っている意味がよくわからなかった久志だったが、茶道で「機微を以て意を尊ぶべし」と心得ていた久志は恭しくこうべを垂れて、

「そうでございますか」

と言った。それがますます気に入られ、

「お前、おもしれーな。エモノは何にする? 何か経験はあるのか」
「獲物? 狩りの経験は無いっす」
「ああ、あー。カーリーね、あれはちょっとディープなバンドだからな」
「……?」
「特技は?」
「……お茶を、少々」
「ならリズム感は心配いらねーな」

この先輩もどこかずれているようだ。

「けどドラマーは今、足りているんだよ。この間ギタリストが一人やめちゃったんで、ギター、どう?」
「ギターどう……。……もしかして、『ギター道』っすか」
「そう、そうそう、ギター道。ヤバいよ。今きてるよ」

何が来ているのかよくわからない久志であったが、「道」と聞いて黙ってはいられない。

「俺にできることなら、やります」

そうしてあっさり承諾、というか宣言したのだった。

サークル活動の衰退の激しい昨今、人気の軽音楽部の新入生は久志を含めてたった3人だった。その3人が初めて顔を合わせたのは、入学式から2週間後の新入生歓迎コンパだった。

「どうもー。中山っていいます。サトシって呼んでくださいー」

一人目は中山聡。一浪して入学しているので久志の一つ年上、見た目はどこにでもいるような、普通の大学生だ。

「好きなバンドはアジカンとかバンプとか。キーボード希望でーす」

どうやら小さいころからピアノを習っていたらしい。どこか軽薄そうだが、悪い奴ではなさそうだ。

「えっと……榎本行宏といいます。よろしくお願いします」

二人目は榎本。黒髪を丁寧に切りそろえている、真面目そうな男子だ。軽音楽という雰囲気ではない。どちらかというと読書が好きそうな外見なのだが、

「レディヘとかクリムゾン好きです……、楽器は経験ありません」

意外にもプログレを聴くらしい。後にわかることだが、彼もまた久志同様の手口で部室に案内され、そのまま入部となったクチだった。その時の勧誘も、久志にギター道を勧めた(?)あの先輩だった。

「はじめまして。篠井久志ッス。リズム感は問題ないそうです。ギター道を極めに来ました」

本人はいたって大真面目に挨拶するのだが、それがどこかずれた形で周囲には反響するようで、

「いいねぇ、ロックしてるね!」

先輩達は上機嫌だ。なぜなら、軽音楽部に入ると決めた久志が、その日のうちに髪を金色に染め、ミュージシャンさながらの格好、口調を意識し始めたからだ。

「まぁ、大学デビューね」

と彼の両親(主に母)は喜んだのだが、

「似合わなーい」

と妹にはいたく不評だった。

まずは形から入るべしとばかり、久志のファッションは激変した。何を参考にしたらいいのかわからなかったので、本屋でロキノンなどを立ち読みした。特集が偶然にも「ヴィジュアル」だったものだから、彼の方向性はそちらに決まった。ボックスでポスターを見かけた「アークボーイズ」も気になったが、日本を席捲したあるバンドのギタリストと自分の名前が一緒であることに、彼はある種の確信を持って、

(縁があるんだろうな)

その日から自分的に『久志』ではなく『HISASHI』と名乗るようになった。その旨を、高校時代の友人にLINEした内容が以下である。

久志「俺、今日からHISASHIだから」
友人「なんか悩みでもあるのか? 相談なら乗るぜ」
久志「いや、今日からHISASHIだから」
友人「HISASHI。相談なら、いつでも乗るからな」

彼もいい友人を持ったものである。


1 新歓コンパ

「さて、じゃあさっそくだけど新歓ライヴやりまーす!!」

どうやら、久志を入部させた上級生は部長らしい。四角い眼鏡にラフなシャツルック。ベレー帽を被っている。
見た目はいたって普通の大学生なのだが、ギターを握った瞬間、

「!」

久志は目を瞠った。その先輩の目つきがガラリと変わったからである。

「猪俣史郎、歌いまーす」

口調こそちゃらけているが、表情は真剣そのものだ。

「『細雪』」

曲名を告げた次の瞬間、先輩の手が光速の如く動き出した。フレットを自在に滑り、弦を自在に操り、スタンドマイクに向かって魂の歌声を響かせる。プロ並みとまではいかないが、それでも久志の心に強く響く歌声だった。

周囲は酒の勢いも手伝ってか、盛んに

「シローっ!! 素敵ッ!!」
「もっとやっちゃってー」

と歓声が飛び交うのだが、久志をはじめ聡も行宏も、演奏に釘づけになっている。

「すっげー」

最初に言葉を発したのは聡だった。

「ジョニー・グリーンウッドを彷彿とさせる演奏ですね」

評論家のような口調で言うのは行宏。

「……」

久志はじっと演奏に聴き入っている。ラストフレーズが弾かれた直後、コンパ会場になっている大学内の食堂は非常に盛り上がった。

史郎はギターストラップを外し、照れくさそうにぺこりとお辞儀をした。そして一瞬だけ久志をチラッと見て、

「軽音最高~ケーオン最上! イェイ」

そう言って、最高の形で新歓コンパを締めくくった。

帰り道の方向が同じだった史郎と久志は、一緒の電車に乗って帰ることになった。元々無口な久志だったが、史郎の雰囲気に影響されてか、電車の中でこんなことを言った。先ほどの興奮を伝えたかったのである。

「さっきの……先輩の演奏なんすけど」
「ああ、うん、聴いてくれてアリガトーね」

久志は、自分の感動を一番伝えられると思う言葉で、ライブの感想を述べた。

「……結構なお点前でした」

それを聞いた史郎は電車の中で盛大に吹き出した。

「おもしれー。なぁ久志、ギターっていいだろう」
「まさにギター道ッス」

思い込んだら一直線。

2 失恋

御茶ノ水にいい楽器店が多いという話を史郎から聞いた久志は、さっそくその週の日曜日に出かけることにした。某有名楽器店の入り口にディスプレイされているギターたちを見て、久志は史郎の言葉を心の中で反芻していた。

「ギターとの相性ってのがあるんだ」

相性。人間関係だけではなくギターにも相性があるとは驚きだ。そんなに高いものは買えないので、相性を優先できるかはわからないが、バイト代4万円(学生にとってはかなりの金額)を持って彼は御茶ノ水にやって来た。

何軒か楽器店を回ったが、どれも似たような感じで「これぞ!」というものがない。小一時間歩きまわって、足が少し疲れた久志は駅前の喫茶店に入ることにした。

オレンジジュースを注文して席に座り、どうしたものかと思案していると、背後から背中をトントンと叩かれた。振り返るとそこには、ニコニコ笑っている聡の姿があった。

「よぅ。偶然じゃん?」
「……あー」

久志は気のない返事をする。ギターのことで頭がいっぱいなのだ。

「なぁなぁ、これから俺、カノジョと待ち合わせてんの。紹介させてくれよ~」
「……あー」

聡の上機嫌はそのせいだ。久志の心の置き所などどこ吹く風、よほど自慢の彼女なのだろう。残念ながらそういう経験もないし、またあまり興味がなかった久志は、とにかくギターのことが気になっていたので、「カノジョ」が「彼女」と脳内で変換できず、

「どんななんだろうな……」

独り言のつもりだったのだが、それを聞いた聡はますます上機嫌で、

「ちょっと丸いけど、かわいーんだよ! いちいち『2か月記念☆』とか言ってくんの。女子高生かよって感じだけど、そのバカさ加減もまたかわいいんだよ~」
「丸い。ボディが丸いのか」
「あまり大声で言わないでくれよ、本人も気にしているんだから」
「しかも馬鹿なのか」
「おいおい、謙遜をそのまま受け取っちゃいけないよ」
「ん……」

久志は運ばれてきたジュースを一口飲んでから、真顔で聡に向かって

「それは買い換えた方がいいな」
「なんだと!?」

当然いきり立つ聡。しかしまだ話がずれていることにお互い気づいていない。

「なんだ。金が無いのか?」
「馬鹿にするな!」
「だって馬鹿なんだろ?」
「ふざけんな!」
「俺は本気だ」
「ますますタチがわりーぜ。確かに亜実は、ちょっと太くて鼻も低いし性格もイマイチだけどなぁ」
「悪かったわね!!」

突如として会話に割り込んできた高い声に、聡は凍りついた。

「あ、あ、亜実……っ!?」
「そうですよ、どうせ私はデブだしブスだし性格も悪いですよっ!!」
「い、いやこれはちょっとした言葉のアヤってやつで……」
「聡がそんな風に思ってたなんて知らなかった。もういい、さよなら!」
「そ、そんな亜実っ」

亜実はなんとグーで聡の頬を一撃し、彼をソファに沈めると早足で喫茶店を去っていった。

「そんなー……」

その様子を一部始終見ていた久志は、うなだれる聡の肩に手を置いて、やはり無表情で

「大丈夫、次があるさ」
「お前のせいだからな!」
「そんなことより」
「『そんなこと』!?」
「付き合ってくれ」

『ギターを買うのに』という重要な冒頭部分が抜けたために、誤解はますます深まるばかりで、聡は恐れおののきながら、

「だから俺と亜実を引き裂いたのか……!」

しかし久志は尚もギターのことで頭がいっぱいで、

「相性が大事なんだそうだ」

などと言うので、聡の中で久志は完全な『ソッチ』の道の人となってしまった。

「大丈夫、すぐに終わるから安心してくれ」
「こ、こんなところでやめてくれよ!!」
「……?」

ああ、すれ違い。

3 自慢の子

一期一会とは元々茶道の言葉である。人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対し最善を尽くすという意味であるが、久志の心にもその精神が染みついている。久志の考えは人に対してだけではない。物に対しても、一期一会の精神を持って接するのだ。

傷心の聡を引っ張り回してやっと手に入れたギターを、久志は毎日ピカピカに磨いていた。決して高級品ではなかったが、それでも3万円台で買った割にはしっかりとした作りである。

しかし、久志はある不安を抱いていた。初心者ゆえ扱いが乱暴なせいか、弦が切れそうになるのである。

その不安を払拭するために、彼は自分で考えた末にギターに「ある工夫」を施した。

「……よし」

今日は日曜日。久志のギターを見たいと言った行宏が遊びに来ることになっている。午後2時、約束の時間どおりに行宏はやってきた。相変わらず真面目そうなルックスである。

出迎えたのは久志の母だった。

「いらっしゃい。ゆっくりしてってね。今、お菓子とお茶を持ってくるわね」
「ありがとうございます」

行宏が部屋に入ると、久志はなんと正座して(ロックなルックスのままで)待ち構えていた。

「いらっしゃいませ」
「あ、あはは、久志君、面白いなぁ」
「どうぞごゆるりと」
「うん、どうもね」

そうして、行宏は持ってきたカバンの中からCDを何枚か取り出した。

「これが僕の好きなクリムゾンのアルバム。レディヘもあるよ。 久志君はどんなの聴くんだっけ?」
「音楽は、よくわからなくて」
「そうなの? じゃあよかったら貸すよ。お勧めは……そうだなー、プログレいきなりはきついかも。無難にボンジョヴィとかにしようかな」

行宏がCDを選んでいると、久志の母がお茶と菓子を持ってやってきた。

「つまらないものですが……召し上がってね」
「ありがとうございます」

お茶が来ると、久志は再び姿勢を正した。何事かと行宏が驚くのも無理はない。持ってこられたのはアイスティーでも緑茶でもなく、抹茶を立てるセットだったのだ。久志は、呼吸を整えるように静かに茶筅を持つと、

「はっ」

気合いを入れて、抹茶を立てはじめた。

「え? え?」

戸惑う行宏の前に、やがて綺麗に立てられた抹茶の椀が置かれる。

「……どうぞ」
「え、あ、うん、いただきます……」

行宏はテレビなどの見よう見まね、というか茶道について知っていることだけでなんとかしようと、とりあえず茶碗を回して一口飲んでみた。

「あ、おいしい」

その素直な感想に、久志は眼光鋭く、

「……そうか」

と低い声(もともと低めだが)で返すので、行宏は自分が何かまずいことをしたかと思い、

「ご、ごめん、僕お茶のことはよくわからなくて」
「いや。うまいと言われるのが一番嬉しい」

とても喜んでいるようには見えない仏頂面の久志だが、それは茶道に対する真剣さの表れである。

行宏もそれを察知し、ホッと息をついた。

(でも、確か僕、ギターを見せてもらいにきたんじゃなかったけ)

行宏が気になって部屋を少しキョロキョロするのだが、久志は構わずに、

「お菓子もどうぞ」

と茶道を続行する。行宏は戸惑いがちに、

「あのさ、ギターってどこにあるの? 見当たらないんだけど……」

言いかけた行宏の目が、ある一点で止まった。部屋の隅に、渋い豆絞りの柄で「道」と一文字大きく書かれた布がかかっていたのである。

「まさか……」

久志は「うん」と頷くと、その布をバサッとはがした。現れ出たのは、見まごう事なき新品のギターである。

「おー!」

行宏が感嘆の声を上げたのも一瞬、彼はすぐに異変に気付いた。

「あれ?」

眼鏡を一旦外してもう一度掛け直すのだが、行宏の視界には、やはり信じられないものが映った。

久志は少し照れながら、

「ボディの色はこだわったんだ」

と満足げだ。毎日磨き続けたわが子のお披露目である。

「いや、色は素敵だと思うんだけど……」

行宏は言葉に詰まる。そして、一呼吸も二呼吸も置いてから、何かの間違いだろうと思い、

「ちょっと触ってもいい?」
「もちろんだ」
「………」

久志のギターを手にした行宏は、そこに張られた弦を触って愕然とした。

「コレ……なんで全部6弦なの?」
「何が?」

久志には行宏のツッコミがよく理解できていないようである。

「いや、なんで6本とも6弦なの?」
「太い方が長持ちすると思って。弦との出会いも一期一会。 物は大事にしろって婆ちゃんが言ってた」
「……これじゃ弾けないと思うんだけど……」
「確かに、史郎先輩のようにはまだいかねぇけど、必ずいつか追いついてみせるぜ」

『道』と書かれた布を握り締めて宣言する久志。行宏はただ苦笑いするしかない。久志は早くも『ギター道』から逸れつつあるようだ。ここで本当のことを言ってあげるのが真の友情だと思った生真面目な行宏は、

「久志君……これじゃ演奏できないよ」
「わかってる」
「あ、わかってるのか。ごめんね」
「アンプがないからな。今度買いに行かなきゃ」
「………えっと……」

人間関係って難しいと思い知らされた行宏であった。

4 初ライブ

相変わらずマイペースな久志だったが、2年生になってそこそこギターの扱いにも慣れたころに、ついに学園祭で発表の機会を得た。

キーボードに聡。わだかまりは解消したが疑惑は解けていない。ベースに行宏。バンド一の常識人で周囲を支える。

そして、ギターとヴォーカルに久志。一応リーダーである。久志本人はヴォーカルは望まなかったが、史郎のたっての勧めで練習を重ねた。

バンド名は3人で決めた。観客と一体感があり前向きでかっこいい名前がいいと、聡が「with」、そして行宏が未来を感じさせるイメージとビートルズへのオマージュから「be」を発案。久志はそれを足せばいいんじゃないか、というわけで、バンド名は『with be』に決定した。

しかしパンフレットには『with B』としか書かれていなかったため、多くの客が『35億』のライブだと勘違いしたことは軽音楽部の黒歴史に残るかもしれない。

「いよいよ本番だな」

楽屋でソワソワする聡。一番技量はあるはずだが、やや緊張しぃのようだ。

「大丈夫だよ、僕たちのペースでいこう」

いつものようにポジティブな発言で聡を気遣う行宏。そこへ、出番を終えた史郎たちのバンドが戻ってきた。

史郎は汗を拭きながら、

「よーぅ、次の次だな!」

と久志の肩をバシバシ叩いた。

「どうした、緊張してんの?」
「いや……」

久志は相変わらずのマイペースだったが、本番15分前になって大変なものを忘れていたことに気付いた。

「ピック忘れた……」
「ええええっ!!」

過剰に反応する聡。行宏も口をあんぐり開けている。が、

「ピックなら、誰かから借りればいいんじゃない? 大丈夫だよ」

しかし史郎は厳しい顔で、

「いや……たかがピック、されどピック。ピックってのにも相性があんだよ。練習で自分の手に馴染んだピックじゃないと、いつもの演奏はできない。かと言って時間もないしな……。俺の、使うか?」
「いえ……」

久志はポケットをさぐった。すると、そこから―――

「俺の音は、これで出して見せます」

出てきたのはマイ茶筅だ。

「えっ!?」
「ありえねぇー」

どん引きする聡と行宏。しかし久志のこうした突拍子のなさは今に始まったことではない。それをよく理解していた史郎は、うんうん、と頷き、

「それで、お前だけの音を、出してこい!」

背中を叩き、太鼓判を押したのであった。


with Bのライブ(誤解)とあってか客の入りはそこそこだった。照明がやけに眩しい。

「どうも……『with Be』です。早速ですが聴いてください」

ドラムは先輩に補助に入ってもらい、その先輩のスティックの音が合図で演奏が始まった。
何しろ素人集団が爆音で楽器をガチ鳴らすようなものだ。一応旋律のようなものは聞こえるが、もうそこはノリで誤魔化しているようにしか聞こえない。

「けぇぇぇっこぉぉなぁぁぁ~お点前でぁぁぁぁーっ!!!」

それでも久志は精一杯歌った。目一杯にふり絞った。汗が噴き出た。喉が枯れるほど熱唱した。

まさに、「燃やせ青春!」。

たった1曲の発表だったが、ハコ代わりの会場は大いに盛り上がった。


楽屋に戻った聡が、調子に乗って自分に向けて拍手した。

「お疲れ、お疲れ~っ!」

行宏は感極まって泣きそうになっている。久志は、この時しみじみ思った。

「俺は、ギター道のスタートラインに今日、ようやく立ったんだ……!」
「いや、茶筅で演奏している時点でまだだと思うぜ」

すかさず史郎がツッコミを入れる。片手に茶筅のギタリストは、親指をビシッと立てて、ニヤリと笑った。


その日、大学までライブを見に行ったという妹から、久志は衝撃の事実を知らされる。

「えー? ギターの音、全然聞こえなかったよ」
「なんだって?」
「キーボードとドラムがすごかったね! ちょっと感動したー」
「待て真樹子。聞こえなかったってどういう意味だ」
「そのままの意味ー」

凍りつく久志。

「やっぱり、茶筅じゃ音は出せなかったか……」

当たり前です。

「ふ……。酸っぱいぜ……」

まさに青春の1ページ。甘酸っぱい、いや酸っぱいだけの思い出が残った。

「はー……」

部屋に戻り、ベッドに仰向けになり天を仰ぐ久志。天井には、あの『道』の布が張ってある。

「…………」

千里の道も一歩から。
一期一会。
道。

「…………………」

久志は改めてギターを取り出すと、

(いつか、こいつで俺だけの音を出して見せる)

茶筅を握り締めながら、そう強く誓ったのだった。
彼がギターの道を極めるのは、程遠い未来のことになりそうである。

END