北欧神話の最高神・オーディンの名を得た衛星が発見した、星間雲。その組成の詳細はいまだ未解析であるとされている。宇宙のガスやプラズマ、ダストの集合体であるという説を唱える専門家もいるが、僕は知っている。オーディンが発見したのは、他でもない「寂しさ」であることを。
オーディンは地上約1000キロメートルの円軌道をとり、約83分で地球を周回している。僕たちのはるか頭上にオーディンが孤独に存在しているのだと思うと、僕はどうしようもなく寂しくなる。
人々がテクノロジーの発展と引き換えに打ち捨てた、自然や宇宙への憧憬や畏敬の念。僕はすっかり、持ち前の悪戯心を失くしてしまった。人々は各々の正義を不埒に振りかざし、四角い空の下で鼻息を荒くしている。見苦しいことこの上ない。
同族でわかりあえないのだから、もうつける薬がないと思う。僕は、なぜオーディンがこの惑星を飛び出して、宇宙に旅立ったのかがわかる気がした。オーディンは、探していたのだ。己の中に渦巻く「寂しさ」を受け止めてくれる場所を。そしてそれは、この惑星にはなかった。
万有引力は嘘をつかない。オーディンは、宇宙に出てまで寂しさを発見してしまった。寂しさが、寂しさを引き寄せたのだ。
しかし、そんなオーディンのことを、僕は同情したりましてや軽蔑したり嘲笑することができない。オーディンと僕は、ただただ寂しさでもって繋がっている気がするのだ。寂しさこそが唯一にして最高の、オーディンからの試練だと、僕は信じている。
――寂しいのは、僕も一緒だよ。
『元アイドル 違法薬物で逮捕』
『女優T 歌手Dと不倫疑惑』
『Y氏が賄賂の容疑認める』
虚しい文字たちの並ぶ画面を僕はオフにし、ビルの窓から空を見上げた。
――大丈夫、ちゃんと寂しいのなら。
オーディンは、ロキにそう言った気がした。