この国では何もかもが灰色だ。生まれたときからそうだったのだから、そこに疑問を挟む余地などなかった。それが当たり前すぎて、思考の俎上に載せられることさえなかった。
だから、僕はその旅人を見つけたとき、すぐに異国の者だとわかった。おんぼろの布切れをマントのように纏い、破れたズックの上下に身を包んだ旅人の、しかしその瞳ばかりが、今までに見たこともない色をしていたから。
僕は、ほとんど虫の息のその旅人を椅子に座らせ、木のコップに入れて水を差しだした。旅人はどうにかそれに口をつけてくれた。僕は物珍しさもあって、じっと旅人を見た。
「僕の名はトル。鉱山を掘って暮らしてる。親兄弟はいない。天涯孤独ってやつさ」
「……」
旅人は何か言いかけて、しかし口をつぐんでしまった。「無理にしゃべらなくて大丈夫」と僕が言うと、旅人は小さく頷いた。
「驚いたよ、きみのその瞳。ずいぶん綺麗じゃないか。きみの国の人は皆、そんなに美しい目をしているのかい?」
「……いや」
返事をするのが精一杯の様子だったので、僕は話しかけるのをやめて旅人に床に臥すことを促した。
「大したもてなしはできないが、夕飯に具入りのスープくらいは作ろう」
僕は採掘場近くの年季の入った小屋に、一人きりで住んでもう数年になる。その昔この国にもあったという「色彩」を求めて、為政者たちは血眼になって(といっても、それも灰色なのだけれど)僕たち労働者に採掘を強いている。父は過労で、母もその後を追うようにこの世を去った。
この日、作業が終わり帰宅したところ、この旅人が扉にもたれかかるようにして呼吸していたのだった。
スープには、ベーコンのかけらとキャベツ、ほんの少し塩胡椒を入れることができた。やがて目を覚ました旅人がスープを一口飲むと、それまでこわばっていた表情がみるみる笑顔になった。
「うまい、こんなにうまいスープは飲んだことがない」
「褒めすぎだよ」
「一宿一飯の恩義とさせてくれ」
旅人はそう言うと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。その涙は見る間に結晶し、紅く燃えるようないくつもの宝石になった。
「私の名はルベウス。トイ、礼にこれを授けよう」
しかし、僕は首を横に振った。目の前で起きた奇跡よりも、数年ぶりに、こうして誰かと共に食事できることの意味を噛みしめていたからだ。
「ルベウス。僕はその宝石より、きみと一緒にいられる時間が欲しい」
僕がそう言うと、ルベウスは『赤く』なった。