文明を発展させ続けた人々は、それでも決して届かない天を目指した。あらゆる英知を結集させ、神々の領域を侵さんと目論んだ。己らこそが神であると言わんばかりに、兵器や武器を製造しては力を誇示した。あるいは遺伝子操作を暴走させ、より優秀な人間だけを選び続けた。
結局、人々は自らの文明によって滅びた。人々の蛮行が地球の怒りを買い、あらゆる厄災が巻き起こったのだ。自然の猛威の前に、どんな兵器も武器も優秀な人材も、意味を成さなかったということだ。
命の理からすら外れた「あってはならない存在」として、ただ一人残された彼の仕事といえば、摩天楼の頂点で黄色い旗を振ることなのである。
「こちらでーす」
命がやがて還る場所。かつて人々が冥府と呼び、きちんと畏れ敬った場所。その門に繋がる一本道を護ることが、彼に課された唯一の使命だ。死んだ魚たちを誘導するその黄色い旗は、その昔、幼い子どもたちが安全に登校できるように使用されていたものである。
「おっと、逆走はできません。交通ルールは守ってください」
彼は穏やかな羊飼いのような表情で、死んだ魚たちを冥府の門へと導く。
死んだ魚の中の、いっとう大きな一匹が言った。
「あんた、ずっとそこで独りかい。寂しくはないのか?」
すると彼はにこりと微笑んだ。
「もちろん、寂しいです。あなたたちみたいに死ぬことができたら、どんなにいいだろうと、いつも考えています」
「可哀想に」
「そうですか」
摩天楼に北風が吹いて、季節の巡りを知らせる。この日も彼はたった一人、黄色の旗を振って死者たちを導いていた。死んだ三毛猫が彼に問うた。
「私は風邪をこじらせて死んだ。あなたはこんな場所で、風邪を引くことはないの?」
すると、彼はやはり寂しげに笑った。
「人間だったころに、何度か引いたことがあります。あれは厄介ですよね。懐かしいな」
「まあ、感傷的ね」
人々の忘れ物としての彼は、人々が遺していった摩天楼の頂点で、いつまでも交通ルールを守り続ける。いつか大切だった誰かがやってくるのを、独りで待ちわび続ける。
どんな祈りも、もはや役に立たないことを、誰よりも彼は知っている。それでも彼は、時折手を合わせたり指を組んだりして、永すぎる時間と静かすぎる空間をやり過ごしている。
そんな彼を、死者たちは不思議そうに見ながら通り過ぎていく。もちろん、交通ルールを遵守しながら。