幼い頃の他愛のない話。
空を飛ぶための方法が知りたくて、町はずれの変わり者の家を訪ねたことがあった。
もうお昼ご飯なのに、博士はベッドの中でくまのぬいぐるみを抱いて眠っていた。
「ねぇ。人間はどうやったら空を飛べるの?」
揺り起こされた彼は不機嫌そうに呟いた。
「体重の20倍の筋力と片方に15mの翼があればいい」
だらしない寝ぐせを直しもせずに博士はぼりぼりと頭をかいた。
僕はその答がなんだか悔しくて、それで言ってやった。
「クリスマスにサンタから風船をたくさんもらうんだ。それで飛んでやるさ」
それを聞いた彼は、にんまりと笑みを浮かべた。
「飛ぶ人間の体重×1000÷8.5=必要な風船の数」
「え?」
まだかけ算もわり算も教わっていなかった僕には、言っている意味がまるでわからなかった。
クリスマスの翌日、彼の家が焼け落ちた。
開けっぴろげのラボラトリーには、秘密なんか何もなかった。
大人になったつもりの自分が子どもに尋ねられた。
「ねぇ。人間はどうやったら空を飛べるの?」
あの時、ぬいぐるみだけは何故か無事だったのを今でも覚えている。
今日も晴れ空をわざわざ見あげて、7647個の風船が浮かんでやしないかと期待する自分が、少しだけ恥ずかしい。