第一話 しらない

(五)

それから数日はやはり梅雨時らしい雨続きだったが、新たな事件が起きることはなく、住民の間にはほんの少しだけ安堵が広がりつつあった。

新神明四丁目の新聞販売店では、店長から各従業員のノルマに対する評価が行われていた。だらだらと続く、お説教という名の嫌味。西郷は下を向いて、しばらくの間手を震わせていた。

「おい、西郷!」

当然、店長の怒号が飛ぶ。

「何ボーっとしてんだ。お前の成績が最低を記録しだして、もう何か月経ってると思ってるんだよ」
「……もう、いいや」
「あ、なに?」
「今日は、今日も、平和だから」
「何をぶつぶつ言ってるんだよ。気味悪いな! クビになりたいのか」
「こんな店、こっちから辞めてやる」

西郷は自分のデスクの引き出しを勢いよく開け、その中に個別にとってあった一枚の契約書の原本を、店長の目の前で破いてしまった。

「ハハ……ッ」

西郷は、体の底から沸き上がる感情と感覚を堪えられず、周囲に白い目で見られるなか、くぐもった声で笑いだした。

「ハハハ、ざまぁ」
「クビだ、今すぐにだ! ここから出ていけ」
「上等だ。いまに見てろよ」

他の従業員は、この時の西郷は妙に浮ついていたと、後に周囲に対して証言している。