平年より遅く梅雨入りした、雨続きの時分。この日の朝も、テレビからは悲しいニュースが次々と流れていた。
裕明と美奈子の住む街で、十六歳の少女が殺害・遺棄される事件が起きたらしい。遺体の発見現場は二人の自宅からそう遠くない場所を流れる川の河原とのことだった。
「ねぇ、裕明。聞いてる?」
裕明はソファに腰をかけて読書をしていた。読んでいたのは、ボードレールの詩集「悪の華」。
「聞いてはいたよ。気にしなかっただけ」
「そう」
「悪に身を預ける時、人はものすごく快感を覚えるらしいんだ」
美奈子は朝の支度をするために髪を梳く手を止めた。
「それが本当なら、私だって悪いことしちゃうぞ」
すると裕明は柔らかく笑って、美奈子をからかった。
「じゃあ、一緒にしようか」
「バカ! ねぇ、近所ってことはさ、ここも危ないのかな」
「さぁ」
「犯人、早く捕まらないかなぁ」
美奈子は再び髪を梳きはじめた。