(四)
帰宅の電車で偶然、新聞を読んでいたサラリーマンの前に立った。美奈子の目に、その夕刊の一面の見出しが目に飛び込んできた。
『連続殺人事件 八王子騒然 事件の全容未だ不明』
美奈子は、いや、この界隈に住む人々は皆、大きな不安を抱いていた。この不気味な事件は解決の様子を見せないどころか、日ましに影響を拡大している。
小中学校は集団登下校となり、部活動も当面休止に追い込まれているという。井戸端会議に興じる人の姿もなくなり、街は水を打ったように静まり返ってしまっていた。
スマートフォンのニュースアプリを開いてもこの事件について掲載されており、好き勝手なコメントで溢れかえっていた。美奈子はすぐに画面を閉じて、ワイヤレスイヤホンのスイッチをオンにした。
「こんばんは」
声をかけられ、西郷は顔を上げた。目的のマンション近くで突然あいさつをされたからだ。そこには、ポロシャツをカジュアルに着た裕明が佇んでいた。西郷は裕明に対して瞬時に、一種の親近感を覚えた。
こざっぱりとした服装ではあったが、それでは到底隠し切れない虚無感のようなものを纏っているように感じられたからだ。
つまり自分と同じにおいがする、と。
「こんばんは」
西郷があいさつを返すと、裕明は首を軽く下げて通り過ぎて行こうとした。西郷はすぐに、「あの」と食い下がった。
「この辺りに、河原はありませんか」
すると裕明は表情一つ変えずに、北西方面を指さした。
「この道をまっすぐ行くと、ありますよ。でも……」
「でも?」
「今は入れないと思います。例の事件で」
「そうですか」
裕明が「失礼します」と一礼して去っていく。少し間をあけてから、西郷はおもむろにそのあとをつけはじめた。