「遅かったじゃん」
「ごめんね。ちょっとつかまってた」
「誰に?」
「知らないおじさん」
今日は金曜日。二人は駅改札で待ち合わせをして、そのまま行きつけのカフェへと向かった。
「でね、新聞にも書いてあったけど、犯人は大学生かもしれないんだって」
「例の事件?」
オムライスをつつきながら、美奈子が話を続ける。
「怖いよね。っていうか、ひどいよね。やめてほしいよね」
「そうは思わないな」
「えっ、人が殺されてもいいの?」
「そうじゃない。その事件に対するオピニオンを持っていないって意味」
美奈子は「むむ」とうなった。
「『占い』ではわからないの?」
美奈子のいうところの「占い」とは、裕明の生業を指す。
オカルトや超常現象の類というわけではない。すべての人間には元々何らかの能力が潜在しており、それは生死を左右するようなショックや非常に強い精神的衝撃で発現することが稀にあると、諸外国では報告されている。
裕明の別人格である五歳児の秀一が、さまざまなものを透視したり予言したりできるのだが、それはあくまで、不随意に起きる現象なのだ。
「力が自由に使えたらいいんだけどね」
「うーん、そうしたら我が家の収入ももう少し安定するかなぁ」
美奈子は伸びをしてため息をついた。
「きみには面倒をかけっぱなしだ」
「今さらなにいってんの。そんなのお互いさまじゃない」
二人からテーブルを二つ空けた席に西郷が座って、西郷が会話に聞き耳を立てている。
「一人目は星の形。二人目はハート。三人目はクローバー。それで、四人目は雫の形」
「何それ」
「被害者の致命傷に付けられた痕の形」
いよいよ西郷の口元が緩む。背を向けているため、美奈子がそれに気づくことはない。
「悪趣味だと思わないかい?」
彼のその口調で、美奈子は即座に察した。
「もしかしてきみ、裕明じゃない?」
音を立てて西郷の手からスプーンが落ちた。
「……」
裕明は――いや「彼」はほがらかな笑顔を浮かべる。美奈子はやや戸惑ったものの、「ごめん、そんな顔されても」と率直に訴えた。するとその男は「雪、ごめんね」と美奈子に呼びかける。その名前を口にするときの人格については、カフェで語るべき性質のことではない。