(二)
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
週が明けて月曜日の朝、いつもどおりに美奈子が出勤する。それをいつもどおり見送った裕明は、マンションの扉が閉まるとすぐさま、スマートフォンの通話ボタンをタップした。
土曜日は、二人で家の中で過ごした。休みにも関わらず不眠症のため早起きをした美奈子が朝食を作ってくれた。少し焦げ目の強いアジの開きと油揚げに豆腐とねぎのみそ汁が食卓に並んだ。
そのあとに二度寝を始めた裕明の横で、かまってくれと言わんばかりに慣れない手つきで裕明愛用のギターの弦を何度もつま弾いた。コードの抑え方は知らないが、弦たちをなでると乾いた音が部屋に反響する、そんな静かな休日。
土曜日、さてなにをしよう。いや、何ができるだろう。
少し遅く起きて、ドライブして、ショッピングして、ディナーにちょっといいレストランとか? そんなよくある週末の風景は、きっと二人には訪れない。だって二人は二人だから。
ギターの六弦だけを爪弾いて低音を響かせていると、隣で横になっている裕明が「ん……」と声をもらした。
「起きたかな」
返事はない。
「裕明?」
やはり、返事はない。――予感がした。予感というよりは、それは確信に近かった。
彼がうっすらと目を開ける。美奈子はそっと彼の頬に触れた。それと同時に美奈子の手にあたたかな感触があった。裕明は、涙を流していたのだ。
美奈子は裕明の隣に横になり、手を繋いだ。その手の上に、裕明がそっと覆いかぶさる。クーラーを最大出力まで稼働させどれだけ部屋を涼しくしても、二人のこの熱ばかりは冷ますことができないようだった。