第五話 決意と覚悟

小瀬戸はマグカップに冷えた麦茶を注いで、デスクで物思いにふける美奈子に渡した。

「この前はありがとうね。おかげで『ツマビク』は印刷所に出せたし、くだんの大作家先生から次号以降の連載の約束も取り付けられたよ。『あんな若い子に頭下げられたら書かないほうがかっこ悪い』だってさ」
「そうですか」

いつものような覇気のない美奈子。小瀬戸は隣のいすに「どっこいしょ」と腰かけた。

「どうだった、初執筆は」
「そうですね……」

美奈子は視線をパソコンからデスクの上の書類に移した。これらは、次々号以降の『ツマビク』の企画書だ。

「なんていうか、とても大切なことをしたんだなって」
「うん?」
「私の書いた文章が、インクにのって印刷されて、どこかの誰かに読まれる。それって、もしかしたら責任重大なのかもしれないって」
「うん」
「もしも私の、拙いかもしれないけど、一生懸命に書いたあの文章が、読者の誰か一人にでも響いてくれたら、それってものすごいことなんじゃないかって思うんです」

小瀬戸は嬉しそうに目を細めた。

「美奈子ちゃんのエッセイ、とても良かったよ。確かに粗削りな感じはするけれど、でもそれ自体が味だと思うんだ」
「ありがとうございます」
「楽しいでしょう、書くことって」
「はい」
「美奈子ちゃんの文章には、他の作家にはないものがあると思う。これからもできれば、積極的に書いてくれないかな」
「はい」

請われて文章をかけるなんて、美奈子にとっては願ってもない千載一遇の機会である。それでもなお、美奈子は浮かない表情を浮かべていた。

「なにか、あったの」
「え、あ、すみません」
「謝ってほしいわけじゃないよ。でも、元気のない美奈子ちゃんなんて練乳のかかってない宇治抹茶氷みたいで寂しいなって思って」
「確かにそれは寂しいですね」
「私や芳子さんに話せることなら、遠慮なんてしないでね。ね、芳子さん」
「そうそう。あ、よかったら寿々木のかき氷、あとで食べに行かない? 私、あそこの宇治抹茶が好きなの」

電卓を叩く手を止めた芳子が、美奈子に素敵な誘惑をする。いつもなら目を輝かせる美奈子だが、それでも彼女の表情は晴れない。

「ごめんなさい。今日は、いいです」
「そっか。じゃ、また今度にしましょうね。そのときはせっかくだから、裕明くんも呼ぼうか」

美奈子ははっとして顔をあげた。

「あの、私……」
「いいのよ。顔色がすぐれないから、隣の部屋で少し休んでらっしゃい。エアコンじゃなくて扇風機しかないけど、大きめのソファがあるから横にはなれるわ」

美奈子は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」