最終話 きみはともだち

(三)

智行の口から語られた事実。その「厄介な内容」とは、検察庁に招致されての予言であった。「真実追求系ジャーナリスト・ナオキ」のブログが一時とはいえ流行した影響で、藤原龍太の模倣犯が出ないかどうかを占えというオーダーである。

裕明の――その実は秀一の――能力には限界があるが、仕事である以上、ベストではなくともベターを出せ、という皐月に背中を押され、裕明は指定された部屋に向かった。

「あれ、皐月さんは入らないの」
「先方が嫌がってるし、そもそもあなたへの依頼でしょ。私はただの都心見物」

皐月はそういうも、実のところ若宮からこう忠告されていたのだ。「皐月は入らないほうがいい」と。

裕明は検察事務官に案内されて、一般人が通常入れない区域の奥にある部屋に入っていった。皐月は廊下に寄りかかって、長くため息をついた。


想像よりは明るい部屋の中には白い机とパイプ椅子が3脚。手前に検察官と検察事務官が、奥に裕明が座った。

検察官は余計な前置きをせず、裕明の目の前に6枚の写真をトランプでも並べるようにして置いた。卒業アルバムのものと思しき女子中学生がそれぞれに写っていた。

「順番に並べてください」

威圧感に満ちた検察官の命令。裕明はすぐ直感した。これは、「あの事件の被害者たち」であると。裕明が紙とペンを要求すると、同席していた検察事務官がそれに応じた。

裕明は渡されたメモ帳に一枚ずつ、それぞれ星、ハート、クローバー、しずく、ねこを描きいれた。目を閉じて「聞こえくる声」の導きのもと、中学生たちの写真を並べ替える。すなわち、被害に遭った順番に。

事件で殺された少女は5人のはずだ。しかし、裕明にはわかっていた。最後に余った一枚、力なく微笑む少女の写真こそ、いじめにより自殺に追い込まれた玉川めぐみのものであると。だから、時系列に並べ替えたときに、裕明は「最初」の「犠牲者」としてその写真を置いた。

監視するように裕明の作業を見届けた検察官は、感嘆の声をあげた。

「腕は確かなようですね」

それにどう返答していいのか、裕明にはまるでわからなかった。ただうつむいて、「はい」と返しただけだった。しばらくして、部屋にやってきた人物がいた。裕明はますます戸惑った。検察に送致された藤原龍太がスウェットにサンダルという格好で現れたのだ。

「あの、どちらさまで……」
「白々しいなあ」

裕明の言葉を遮るように藤原が言葉を発した。

「あんたのおかげでばっちり起訴されるよ、俺。二人以上殺してんもんな、死刑だ死刑」
「藤原、少し黙れ」

検察官が睨みつけても、藤原はしゃべるのをやめようとしない。

「俺の復讐、まだちゃんと終わってないんだよ」

藤原の言葉に、検察官は虚を突かれて息を飲んだ。

「俺が一番殺したかったやつがいる。『田村美和』ってやつ。そいつがいじめのリーダー格の女さ。田村とその取り巻きたちに、めぐみは何もかも奪われた。星のヘアゴム、ハートマークのポーチ、クローバーのキーホルダー、しずく柄のハンカチ、ねこのブックカバー、友達と一緒に学校で過ごす時間、命まで!」

声を荒らげる藤原を検察官は制そうとする。しかし藤原はなおも続けた。

「田村美和の父親は文部科学省の役人だ。八王子市の教育委員会にはそこからの天下りのおっさんたちがわんさかいる。一息かけてめぐみの自殺の原因を隠ぺいすることなんて、簡単なことだったんだよ」

星、ハート、クローバー、しずく、ねこ。どれも女子が好みそうなモチーフだ。玉川めぐみもまた、そういったものが好きなだけの、少しだけおとなしいどこにでもいる女子中学生だっただろう。

「権力に都合が悪いことは消される。それでいて『みんな仲良くしましょう』だ? 『多様性がたいせつ』だ? 大人がそういう嘘を平気でつくから、めぐみは殺されたんだ」
「藤原、お前の主張はわかった。だが今日はお前の演説を聞く場じゃない。彼に、お前のコピーキャットが出やしないかを占ってもらうためにお前を呼んで――」
「共感します」

その場の空気を裂くようにそう発したのは裕明ではなく、佐久間であった。

「痛いほどわかります。藤原さん、あなたはある意味で真の被害者だ」
「え……」

意外そうな顔をする藤原。佐久間はパイプ椅子で悠然と足を組んだ。

「俺にもわかるんです。権力に、浅ましい人間たちに、大切な人の命を奪われた人間の気持ちが」

検察官は検察事務官に記録を取るよう視線で指示した。

「藤原さん、俺とあなたは同類かもしれませんね」
「……」

その言葉をしばし咀嚼していた藤原だったが、やがて震える声でこう発した。

「でも、俺、死刑なんだろ? 悪いことをしたから」

しかし佐久間は肩をすくめるばかりだ。

「どうなんでしょう。『悪いこと』をしたのが、あなただけとはとても思えませんけどね」
「だったら」

突然、藤原は佐久間に接近して疲れ切った瞳で懇願するように言葉を吐いた。

「殺してくれよ。あの女を。頼むよ」
「それはできません」
「どうしてだよ!」

顔を真っ赤にして激昂する藤原に対し、佐久間は涼しい顔で告げる。

「復讐ならすでに遂行されています」
「どういう意味だ」
「田村美和の将来の夢、知ってました? ピアニストだったんですって。そしてそれはもう二度と叶わなくなってしまった」

薄ら笑う佐久間の冷たい声に、検察官と検察事務官はもちろんのこと、藤原も戦慄した。

「あなたがたにお伝えできることは一つです。社会の腐敗が改善されない限り、彼のような復讐者の誕生を阻止することはできません。それはどんなに文明や技術が発展しようと同じことです」

ほの暗い笑い声をあげる佐久間に、検察官も検察事務官も目を伏せた。しかし、ややあってから藤原が唇を震わせて「ふざけんな」とつぶやいた。

「なんで俺が死刑で、あんたが生き延びてるんだよ」

獣のような目で佐久間につかみかかる藤原。検察事務官が止めに入ろうとするが、それより早く彼――智行の手が藤原をねじ伏せた。

「ボーリョクはよくないぜ、お坊ちゃん」
「な……!?」
「教えてやる。暴力を暴力でねじ伏せれば、そこから新しい暴力が生まれるってことをな」