第五章 らしさ

葉山はおそらく、あのUSBメモリのパスワード解除に成功したのだろう。あの日以来、捜査会議の途中で上の空になることも、もちろん途中で抜け出してトイレにこもることもない。むしろ以前よりはつらつと仕事にまい進しているように見える。

わかっている。私の想い人はとんでもない性癖がある。無修正のグロテスクな蔵出し画像をあれだけ手に入れたのだ、それは機嫌がいいことだろう。

「葉山さん」

捜査資料の山の上にロータスビスケットを一枚置いて、私は声をかけた。

「今度、またお食事に行きません?」

葉山は「いいよ」と即答した。

「じゃあ、今回は4人で会いましょう」
「4人? まさか竹中と高田さん?」
「はい」
「いいよ、全然いいよ」

ほがらかに笑う葉山。

覚悟しろ、と私は内心で呟いた。


元来騒がしいのがウリの居酒屋で個室を予約するなんて、まるで不倫デートみたいだ。かといって、4人はおしゃれなフレンチレストランのフルコースを頼むような間柄でもない。

私は葉山の腕を掴み、個室へと案内した。葉山は私の手を振りほどくことはなく、先に入店していた竹中と美乃梨に笑顔で手を挙げた。

「お待たせ」
「おう」

竹中は胸ポケットからタバコを取り出そうとして手を止めた。

「最近はどこも禁煙、禁煙ってな」
「時代だから仕方ないだろ」
「葉山。嗜好品が締め付けに遭う苦しみは、お前にだってわかるはずだろ?」
「どういう意味だよ」

お通しのおひたしを口に運ぶと、やけに塩からい味がした。いかにも、ドリンクオーダーを促す居酒屋の料理である。

しばらくの間、なんてことのない雑談に花が咲いた。庁外では決して自分たちの身分のわかってしまう会話はしないので、芸能ゴシップだとか推しのアーティストの話だとか、無難な話題で盛り上がった。

「竹中さんはMSK47のアイミちゃん推しかー。童顔のアイドルが好きなんですか?」

私がそう訊くと、竹中はわざとらしく咳払いをしてから「そういうわけじゃない」と言ってから、

「ギャップだよ。あの子、幼い顔して声がめっちゃ低いの」

と真剣な表情で答えた。

「萌えるというよりは、もだえるといった感じだ」
「え、ひょっとして竹中、お前かなり酔ってる?」
「葉山、大事なのはギャップだぞ、ギャップ」

竹中の隣で、涼しい顔をして美乃梨は三杯目のハイボールを飲んでいる。

「だってよ、香織。ギャップが大事なんですって」
「普通、真に受ける!?」
「まさか」

この日一番の笑いが起こったのが、このときだった。

酔いも回ってきて、そろそろお開きといった雰囲気になったとき、私は口を開いた。

「私、なんにもないんです。皆さんみたいに優秀じゃないし、親のコネで就職したし、スタイルがいいわけじゃないし」
「香織、どうしたのよ、急に」
「顔だって中の上程度じゃないですか」
「自負のレベルがすごいわね」
「美乃梨。私、美乃梨みたいなナイスバディでもないし、美乃梨みたいに見た目に反して実はかなり泣き虫で乙女チックなところがあるなんていうギャップもないし」
「さりげなく人のことディスってない?」
「とにかく、私って、何にもないんですよ」

お通夜みたいにしんとなるその場。周囲からは賑やかな笑いやがやがやとした声が聞こえてくる。

「どうしたの? 香織。香織らしくないじゃない」

美乃梨は本当に優しい。実にいいトスを上げてくれる。

「……『私らしい』って何だろうって、ずっと考えてたんですけど」
「うん?」

首を傾げる葉山の顔を、私はじっと見つめた。

「え、なに、なになになに?」

とぼけ倒す葉山。そういうところも、悔しいけれど好きだぞ、この野郎。

「私らしさというのは、こういうことかなって」

そういって、お酒の勢いも借りて。

私は、隣に座る葉山の頬にキスをした。

第六話 純愛 へつづく