皮をむいたじゃがいもを鍋に入れてひたひたの水を加えてゆでる。じゃがいもが竹串がスッと通る位になったらゆで汁を捨て、火にかけて水分を飛ばす。
その後じゃがいもはアツアツの状態でマッシャーでつぶす。フライパンにバターを弱火で熱し、みじん切りにした玉ねぎを入れて炒める。玉ねぎがしんなりしたら中火にし、ひき肉、塩コショウを加えて炒めて冷ましておく。ボウルに潰したじゃがいも、炒めた玉ねぎ、ほんの少しのミルクを加えてよく混ぜ合わせ、小判形にする。
「『小判』って、なに?」
アオの質問はもっともだ。アオは生まれてこのかた小判はおろか金銭そのものを見たことがない。
「昔むかし、人々がものをやりとりするときに使用したものだよ」
「大切なもの?」
「どうだったんだろう」
バットに卵を溶きほぐしておく。小判型にしたタネに薄力粉を薄くまぶし、溶き卵、パン粉の順に衣をつける。
「ゼロイチ、フライパンを出して」
僕がそういうと、ゼロイチは相変わらず不愛想にだがすぐにフライパンを取り出し、
「加減は?」
ときいてきてくれた。
「中火で」
「了解」
油を中温に熱し、タネを揚げる。菜箸でかえしながら1分ほど揚げ、取り出してよく油をきれば完成だ。衣がほどよくキツネ色になっていくのを、アオは興味深げに眺めていた。
「そんなに顔を近づけて、やけどしても知らないから」
そっけなくゼロイチがいっても、アオは首肯ばかりしてその場を動こうとしなかった。
僕はつけ合わせのキャベツを千切りにしていた。といっても包丁で器用に細くはできないので、ピーラーを断面にあてがって引くだけの作業だ。これでもじゅうぶんに美味しくはなるので、問題ないだろう。
問題といえば、なんとも奇妙な現象が起きていた。ノイがアオよりもなんとミズになつきだしたのである。ミズに叩き潰されて復活して以降、ノイはなぜかしら彼女の肩にとまりたがった。
鳴き声も、以前のオルゴールのような金属音から不思議な高音を奏でるようになった。気になって古い文献を調べてみたところ、どうもノイの鳴き声は4096Hz相当らしく、それははるか昔にスコットランドの医師で化学者だったウィリアム・カレンがセラピーに用いた音でもあるらしかった。
はじめこそ疎ましがっていたミズだったが、ノイがその4096Hzで鳴くたびに、徐々にその雰囲気からとげとげしさをなくしていったように、僕には感じられていた。
食卓には山のようにコロッケが積まれた。僕のなんちゃって千切りキャベツも大きな二皿にこんもりと盛られた。
「あー、暑い」
ずっと揚げ油と格闘していたゼロイチが額に汗を浮かべて席につく。その隣にアオが、その対面には僕が、僕の隣にはミズが座った。
「いただきます」
4人で手を合わせて食べ始めると、すぐにゼロイチが口を開いた。
「洗い物はミズがやってよね。全然手伝ってくれないじゃない」
「美味しかったら考えてもいいわ」
そういうミズはすでに一つ目の半分を頬張っている。
「これはなかなかね。サクサクとふっくらの同居って感じ」
「同居?」
ミズの評に僕は笑った。確かにコロッケは、マリアージュなどという表現をするような食べ物ではないかもしれない。
「このひき肉は牛肉? それとも合い挽き?」
ミズが二つ目のコロッケに箸を伸ばしながらきいたが、ゼロイチは首を傾げただけだ。
「知らない」
「エッ」
「用意したのはケムリでしょ」
ミズが僕のほうを見る。僕は「いやいや」と首を横にふった。
「アオが散歩から帰ってきたときに持ってきてくれたんだよ」
「なんだ、そうなの。アオ、ひき肉なんてどこで手に入れたの?」
アオはもくもくとコロッケを食べ進めていたが、ミズに訊かれてこう答えた。
「工場」
「えっ」
「ノイがついてきてくれないから、今日は一人で散歩した。少し遠くまで。ケンキュージョだったところまで足をのばしたんだ。そこで――」
僕は正面に座るアオに、視線で黙るように促した。アオはつまらなそうな表情を浮かべて、言葉を止めた。
食卓に冷たい沈黙が降りてくる。それを打ち消したのは、ノイの天使のようなリーンとした歌声だった。
「食べよう。目の前に料理があったら、食べよう。みんなで、食べよう」
ものすごい勢いでコロッケを口に運ぶゼロイチの目に、うっすら涙が浮かんでいたのを、僕は見て見ぬふりをした。
7 おむすび へつづく