第十六話 慈愛の罠(二)邂逅

事件の一報を児童養護施設の職員から知らされた裕明はうつむいて、その職員に気づかれないよう、「やっぱり」とこぼした。宿直の男性職員は、裕明に深呼吸を勧めた。 「まず、落ち着くんだ。今回のことは、いずれ知…

第十五話 慈愛の罠(一)人殺し

木内が美奈子を待合ロビーへ招き入れ、あおいがウォーターサーバーの水を汲んだ紙コップを手渡すと、美奈子はそれを一気飲みした。開口一番、「話をさせてください」という美奈子の鬼気迫る雰囲気に一瞬だけ圧倒され…

第十四話 過日の嘘(七)邪魔者

木内の口から「情報提供」として若宮に共有されたのは、高畑美奈子の家庭環境についてであった。 彼女の父親は大手の商社に勤めるサラリーマンであったが、長引く不況ゆえリストラの対象となり、マイホームのローン…

第十三話 過日の嘘(六)声

美奈子が小鳥のさえずりで目を覚ますと、心地よい日差しが簡易ベッドの足元に差し込んでいるのが見えた。こんな優しい光は、久しぶりに見た気がする。まるであたたかかった祖母のひざの上のようだ。 美奈子はその光…

第十二話 過日の嘘(五)カード

美奈子がいなくなったことに混乱した裕明が「白い部屋」を飛び出し、そのまま院内のあちこちを彷徨っていたのと時を同じくして、入院棟の夜勤を担当していた看護師たちがある異変に気づいていた。夕飯を配膳しようと…

第十一話 過日の嘘(四)定規

岸井の気持ちを落ち着かせようと、木内は「深呼吸を」と彼女に促した。 「裕明に特段、おかしな様子はなかった?」 「野暮なこと言うのね」 「え?」 「『おかしい』って、まるでどこかに『おかしくない』って定…

第三章 さようならだけはいわないで

冷たい廊下にカツン、と高音が響く。狭い空間によく映える鋭い音。それがテンポよく聞こえてくる。彼は読んでいた本から目を離し、来客を待った。カツカツという靴音は、彼の部屋の前で止まる。 一呼吸置いてから、…

第十話 過日の嘘(三)怖い

「知らない場所って?」 知らない。知らないから、知らない。 「何が見えたの?」 大きな木。その根元に僕らはいるんだ。僕らは寄り添っていて、でも見つめあうわけじゃなくて、同じ空をずっと見てる。 「どんな…

第九話 過日の嘘(二)りんどう

何をもって何を「不幸」だとか「悲劇」などと「誰が」決めるのだろう。ある「ものさし」で測ろうとすれば、今、美奈子の目の前に広がっている光景は「異様」とされるのかもしれない。 だが、木内にシャンプーを施さ…

第二章 洗脳の方法

ミズ・解剖医が気だるげに白衣を着替えながら話しかけるのは、一人の迷える仔羊だ。 「つまりは肯定されたいわけね、あなたは。肯定には色々オマケがついてくるから。いい点数、高いお給料、羨望の眼差し。でも誰か…