無音

失うべき音が一つも無い朝を迎えて小鳥が窓辺から飛び立ったその瞬転、誰かが垂れ流した幸せの残渣が見事に私の胸に沈殿しました。 それから、在り合わせの言葉と、間に合わせの言葉と、出来合いの言葉とが、非常に都合のよい状態で昼時…

レモンスライス

私はこのどうしようもないナルシシストを慰めた。楕円形に何度も額を撫でて、「あなたは悪くない」と。 彼は満足そうに足を組み直すと紅茶のおかわりをせがんだ。私はなんとか眠い目をこする。十六夜だから仕方ないのだ。 彼はレモンス…

欲しかったもの

秋の夜長に眠れない不肖のわたくしは、ベッドの上でただ一人きり、泣けないピエロの真似事をする。 (それを見ていた月うさぎは、紅いお目目でこちらを睨んでいた。) 下手な笑みが嗚咽に変わる夜には、全部お前が悪いぞといっそ責めて…

天国三丁目

夏が逝ったとの一報に、川辺のススキどもは痙攣して笑っていました。私はその光景を茫然と眺めました。いつかの帰り道の出来事です。 それから間もなく、立ち尽くす場所を求めて私は記憶を捨てるために湖に出かけました。 枯葉と一緒に…

抹茶ラテ

混濁した季節に 清く正しく堕ちていく貴方は 只管に美しいね 埋めた傷なら芽吹いたよ 小学生に観察されているさ 錆びた悩みなら絡め取ったよ 中学生が興奮しているさ 浅はかな朝は そろそろ暴かれるでしょ 神様の逃げ出した視界…

秋202009

ひりひりと右肩が泣く秋の蝶 りりりりとなにが悲しい鈴虫よ どんぐりと寂しさ分かつ手のひらよ 驟雨まで私を責めるため降るか アキアカネ恥じらい消えてしまうまで 厳かに影を伸ばしてひらく桔梗 白亜紀も湿らせたのか秋時雨 見上…

朝と蠅

そんな優しい旋律で私に構うのはやめてください。お願いだから独りにさせてください。冷めきったこの胸に温かい手など差し伸べないでください。 期待してしまうから。性懲りもなくまた信じてしまいそうだから。 そんな甘いお菓子で私の…

短歌 星くず

1 (さよならを忘れたみたい)奇遇だね僕もどこかに落としたみたい 2 曇天を裂いたひかりをこめかみにあてて神さまごっこする午後 3 いつの日か同じ家路につけたなら今日の痛みも記念としよう 4 コーヒーに溶けたミルクをかき…

毒りんごのゆくえ

耐えて 耐えて耐えて耐えて 耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて ぷつん と ちぎれた糸は用無しになって ごみ箱に押し込められるけど 今のはあたしの神経ですから 編み直すので返してください (思い出は美化し放題! 二時間…

短歌 唐揚げ

1 花ひらくそのモーションは容赦なくあたしを奪う 誰か助けて 2 優しさが崩れる瞬間(とき)に口走る「ごめんなさい」は脅迫として 3 朽ちた枝さえ必要とする虫がいる 生きるばかりのあたしよりもだ 4 「役に立つ」が礼賛さ…