最終話 夜明け
蒼斗の発した叫び声が滲ませる悲痛さに、朝香と晴也、それに夕実は胸を締め付けられ、息苦しさすら覚えた。 小夜は、残酷な現実を直視しなければならないことに気づき、膝から崩れそうになるのを懸命に堪えていた。扉を開こうと全体重を…
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蒼斗の発した叫び声が滲ませる悲痛さに、朝香と晴也、それに夕実は胸を締め付けられ、息苦しさすら覚えた。 小夜は、残酷な現実を直視しなければならないことに気づき、膝から崩れそうになるのを懸命に堪えていた。扉を開こうと全体重を…
「ぎんいろ」 ゲリラ豪雨が降るのは、もう毎日のことになってしまった。窓に次々と打ちつける雨粒を、きみはフローリングに座って凝視している。日が落ちてきたのでカーテンを閉めたかったけれど、きみはもうしばらく窓辺にいたい様子だ…
僕が彼の姿を初めて見たのは、朝靄けむる病院の入り口の花壇の近くだった。当直明けで、深い眠りにつくことができなかった僕のぼんやりとした視界に、しかしそれは鮮やかに飛び込んできた。 黒のダウンジャケットにジーンズ姿の中肉中背…
「碑」が生命活動を維持していること、しかも外部刺激に対し生理現象としてだけではなく一定程度の人間的な反応——例えば泣く、怒るなどの感情表現を示すことは、一部の研究者たちによって既に明らかになっている。 しかし、このことは…
その少女が姿を現すと、部屋の中は水を打ったように静まりかえった。待ちわびていた信者たちから一斉に畏怖と崇拝の視線を浴びせられても、少女は全く意に介さず最奥のソファにゆったりと体を横たえる。 少女はその白い肌を人目へ晒すこ…
蒼斗の口調はどこまでも冷徹で、告白というよりどこか遠い国の出来事を報告するようだった。運転席の明がスン、と鼻を鳴らし、蒼斗の代わりに礼を述べた。 「まぁ、そういうことなんだ。みんな、聞いてくれてありがとうな」 沈みゆく太…
「二人」は「家庭」や「日常」といったごくありふれた生活の記憶を、一切持たなかった。確かに彼らは望まれて生を受けたが、それは「利用価値の高い成功体」だからに過ぎなかった。その証拠に、彼らには名前が与えられず、識別のためのコ…
夕実発案の新作デザートは、夏みかんのジュレに上白糖ではなくはちみつで甘みを加えることで、ようやく納得のいく味に仕上がった。 「ジュレがさっぱりしてて、下のヨーグルトムースとのバランスも最高。夕実ちゃん、今年の夏はこれでい…
「凪」が起きる寸前の世界について、積極的に語ろうとする者は少ない。生命倫理のタガは外れ、法による統治は腐敗し、AIなどの技術の発展は多くの人に「思考すること」や「想像すること・創造すること」といった活動を放棄させた。 己…
朝香は俗に言うスクールカーストで「三軍生徒」だった。中学校に入学して間もなく強固な階層が形成され、一軍という強者の地位を獲得した生徒たちは、あらゆる形態の暴力を好き放題に振るった。無視や揶揄に留まらず、陋劣な行為は加速度…