ゼンマイを巻く
地元のミニコミ誌の取材依頼が来たのは、紫陽花たちが雨に濡れて彩りを増す時期のことだった。 はなみずき通りと名付けられた通りに面したこの店だが、流行のカフェとは違って年号が昭和の頃からほとんどスタイルを変えていない、自分で…
地元のミニコミ誌の取材依頼が来たのは、紫陽花たちが雨に濡れて彩りを増す時期のことだった。 はなみずき通りと名付けられた通りに面したこの店だが、流行のカフェとは違って年号が昭和の頃からほとんどスタイルを変えていない、自分で…
(1) 皆川先生が亡くなった。その一報をLINEで受けた夜、僕はタブレットにダウンロードした「ニューシネマパラダイス」を観ていた。トトとアルフレッドの熱い友情に名作の呼び声高い映画だが、僕にはいささか美しすぎるように感じ…
しとしとと雨の降る夕まぐれには、決まって彼のことを思い出す。彼はこういう日にこの喫茶店に来ると、いちばん窓際の席に座って、ずっと外を見ていた。雨だれがガラスに打ちつけるのを寂しげに、しかしどこか楽しそうに眺めていた。 彼…
彼が神を自称しはじめてからも、私たちの生活になにか大きな変化が起きたわけではない。 彼は相変わらず寝坊するし、派手に忘れ物をするし、よく椅子の端にかばんの紐を引っかける。 自称とはいえ神なら予言のひとつもしてみたらどうか…
朝、目を覚ますと横にもうあなたの姿はなくて、珍しいことと思いながらリビングに向かうと、あなたはコーヒーメーカーのスイッチを入れているところだった。 「おはよう」 私が声をかけると、あなたは「おはよう」と返事した。考えてみ…
落ち葉がつむじ風に踊っているのを見ると、たんぽぽのことを思い出す。たんぽぽといっても植物のそれではなく、たんぽぽという名の女の子のことだ。もちろんそれはあだ名で、本名は知らない。出会ってすぐ、好きな花はと訊かれ、僕が特に…
たぶん、と前置きしてきみはいう。 桜が満開になったら、綻びは繰り返すと思うんだよ、なんて。 近所のかりんの花が咲き始めて、若葉の隙間から鮮やかなピンクを覗かせているけれど、私はあの色があまり得意じゃないの。 それはよかっ…
神さまになんて、なりたくなかった。 今日の彼には、私の背中に銀色の翼が見えるという。映画館で流行りの作品を観ているときも、こじゃれたレストランでランチをしているときも、点灯前のイルミネーションが絡まった樹々の並ぶ舗道を歩…
イルミネーションに浮き照らされた舗道を、小ぶりの箱を携えた男が歩いている。背筋をしゃんと伸ばして、規則正しい靴音を鳴らしながら。白い箱には真っ赤なリボンがかけられている。道を行き過ぎる誰もが、箱の中身は愛しい人への贈り物…
1. ちりんちりんと軽やかな金属音が耳に心地よい。今日は少し風があるようだ。揺れる風鈴の姿こそ見えないが、季節が確実に巡っているのを感じることができる。 風鈴はいつからあそこに飾ってあって、なぜ夏が過ぎても仕舞われないの…