第三話 映画館
春もやが街を支配する水曜日、珍しく平日に休みを取った。いわゆる年度末の有給消化というやつだ。私がそのことを彼に伝えると、「じゃあ、僕も」とわざわざ休みを合わせてくれた。ありがたいような、ただのありがた迷惑のような、どっち…
春もやが街を支配する水曜日、珍しく平日に休みを取った。いわゆる年度末の有給消化というやつだ。私がそのことを彼に伝えると、「じゃあ、僕も」とわざわざ休みを合わせてくれた。ありがたいような、ただのありがた迷惑のような、どっち…
金曜日の新宿で待ち合わせた。なんでまた、こんなやかましい街に? その問いに彼は、 「スタバに行こう」 と返してきた。 街を見上げればあちらこちらで微笑んでいる、人魚のロゴマーク。 「どのスタバ? この街、スタバだらけだよ…
金曜の夜の新宿を、傘もささずに歩く彼は、数多のネオンを睨み返しながら歩いている。その後ろを、訥々とした足取りで私はついていくのだ。 新宿駅を出てはじめて、雨が強まってきたことを知った。濡れながら歩くのは少ししんどい。 「…
いやに暖かい風の吹いた日、芽吹きかけた衝動を噛み殺しながら、彼は神保町を歩いていた。古本屋とカレーとサブカルチャーの香り漂うこの街に、彼は自分を遺棄する場所を探していたのだ。 その両目には諦観とひと匙の狂気のなり損ない。…
エビフライを揚げていたら、油が跳ねて目に入りそうになった。麻衣子は慌てて洗面所に駆けて、夢中で顔を洗った。というか水で乱暴に何度も拭った。 やだ、どうしよう、跡がついたらやだ。 顔にシミなんて、まだ勘弁だ。 台所から鈍い…
【カルテNo.3745 皆川亜樹(ミナガワアキ)】 21歳3カ月、女性。境界性人格障害。 大学生。入学当初より、一人暮らしの緊張や慣れない土地での暮らしに疲れ、不眠となる。 アパート近くの心療内科に二年間通院。一年ほど前…
シンデレラや白雪姫……「お姫様」は、女子の永遠の偶像だ。幼いころ、毎日寝る前に母親に童話を読んでもらっているうちに、比奈子はすっかり絵本に出てくるお姫様に憧れを抱くようになっていた。 比奈子が絵本など読まなくなった高校二…
「まるでショパンに対する冒涜よ。そんな弾き方ってないわ」 僕の『幻想即興曲』を水玉はそう評した。 「そうかな」 僕はこみあげる感情と一緒に指先でG#を抑える。反論するわけではないのだが、僕にだってプライドの一片はあるから…
やせ我慢を決め込んでいたけど、日増しに高まっていく歯の痛みに、芦花ありす(16歳、花の女子高生)は嫌々ながらついにその日、歯科医院のドアを叩いた。 『ハートデンタルクリニック』という、街はずれにある小さなクリニックである…