辻堂の落暉

君は人間が全て同じ顔、同じ表情に見えると言っていたね。他者の喜怒哀楽、そのどれにも興味がないと。 例えばそのことに私が心を痛めていたとしても、君は平気で微笑むんだろう。 「それは、つらかったね」 など…

リンゴはいりません

白馬の王子さまがなかなか出張から帰ってこないので不機嫌な白雪姫は、日経新聞を広げながら留守番をしていました。 そこへ戸を叩く音がしたので、期待を込めて開けてみれば、リンゴのたくさん入ったカゴを携えた老…

クーベルチュールチョコレート

ガラスのショーケースに丁寧に並べられた綺麗事を、隅から隅まで余すところなくクーベルチュールチョコレートで汚しました。甘ったるいことは今どき、断罪の対象ですか。 (せめて夢くらい見させておやりよ)と三毛…

夕立

ワイパーがせわしなく動いている。打ちつける雨は容赦という言葉を知らない。フロントガラスを襲う水滴は、ハンドルを握る隆弘の気分を苛立たせるのに十分だった。  あの日も、こんな空だったら。そんなことを考え…

お友達

カーテンでのみ仕切られた部屋で、ある晩、僕に新しいお友達ができた。 彼はもじゃもじゃの金髪に赤い鼻、派手な水玉模様のサロペットに虹色のチョッキを着ていた。終始、楽しそうに笑顔を浮かべていた。 名前を知…

爪切り

隣の部屋から、パチンパチンと爪切りの音が聞こえる。今の私にはそれすら疎ましく感じられた。毛布を体に巻きつけて、ふてくされて横になって、私は長いため息をついた。  喧嘩した。ことの発端は情けないほど些細…

雨傘

五時半に渋谷で、と彼からラインが届いた。金曜日の夜の渋谷なんて、人混みがすごくてうるさいに決まっている。気が重かったが、断るわけにもいかなかった。彼から借りた傘を、今日こそ返さなければならなかったのだ…

新宿駅のハンバーガーショップで、女子高生が二人、シェークを飲みながらダベっている。 私の隣できゃいのきゃいの、実に楽しそうである。 その日、仕事で嫌なことがあった私はやっかみにも近い感情で、彼女らを疎…

最果てレストラン

世界の終わりのその後に、ふたりは朽ちた一軒家で小さなレストランをはじめた。決してお客さんは来ない。それでもふたりはキッチンに並び、残された時間を丁寧に暮らしている。 「コロッケは意外と、手のかかるメニ…

はじめて

オーケストラの演奏が零時ぴったりに見事にフィニッシュし、拍手と歓声と派手な花火の演出が、2018年の始まりを告げた。 「あけましておめでとう」 私が言うと、彼はあくびをしながら 「うん」 とだけ応じた…