呼吸していた頃の思い出

貴方との思い出も、永遠には成りえないから、約束はしないよ。貴方は私を忘れて生きていくでしょう。さっさと忘れて、のびのびと生きていくのでしょう。私は、何よりもそれを望みます。 過日に貴方が残した白も、私…

理想じゃない。

私は、詩を詠んだりネットに作品を投稿していることを、彼氏には内緒にしている。気恥ずかしいというかなんというか……、これといったハッキリとした理由は自分でもよくわからないのだが、未だに告げられずにいる。…

つづれ織り

今どき、パソコンはおろかスマートフォンも携帯電話も持ち込み禁止の病棟に、私の大切な人が入院している。 彼がいるのは精神科の閉鎖病棟だ。通信機器の禁止は外部の刺激を遮断するためという理由らしいが、本当は…

金魚

「人魚はね、金魚を食べた人間の成れの果てなんだ。くちゃりと音を立てて食べられた金魚の恨みが、人間を人魚へと料理していく。だから、金魚は食べちゃダメだよ」 その話を祖母から聞いた調律師は、どうしてもその…

そうだ、温泉に行こう

悠太の告白に対して、仕事から帰ってきた兄はネクタイを外しながら、少し考える素振りをしたかと思いきや 「そうだ、温泉に行こう」 と言った。 日本人は昔から、温泉で傷や病を癒してきたのだと。しかしながら、…

辻堂の落暉

君は人間が全て同じ顔、同じ表情に見えると言っていたね。他者の喜怒哀楽、そのどれにも興味がないと。 例えばそのことに私が心を痛めていたとしても、君は平気で微笑むんだろう。 「それは、つらかったね」 など…

リンゴはいりません

白馬の王子さまがなかなか出張から帰ってこないので不機嫌な白雪姫は、日経新聞を広げながら留守番をしていました。 そこへ戸を叩く音がしたので、期待を込めて開けてみれば、リンゴのたくさん入ったカゴを携えた老…

クーベルチュールチョコレート

ガラスのショーケースに丁寧に並べられた綺麗事を、隅から隅まで余すところなくクーベルチュールチョコレートで汚しました。甘ったるいことは今どき、断罪の対象ですか。 (せめて夢くらい見させておやりよ)と三毛…

夕立

ワイパーがせわしなく動いている。打ちつける雨は容赦という言葉を知らない。フロントガラスを襲う水滴は、ハンドルを握る隆弘の気分を苛立たせるのに十分だった。  あの日も、こんな空だったら。そんなことを考え…

お友達

カーテンでのみ仕切られた部屋で、ある晩、僕に新しいお友達ができた。 彼はもじゃもじゃの金髪に赤い鼻、派手な水玉模様のサロペットに虹色のチョッキを着ていた。終始、楽しそうに笑顔を浮かべていた。 名前を知…