とある週明け、コーヒーを淹れるきみと

朝、目を覚ますと横にもうあなたの姿はなくて、珍しいことと思いながらリビングに向かうと、あなたはコーヒーメーカーのスイッチを入れているところだった。

「おはよう」

私が声をかけると、あなたは「おはよう」と返事した。考えてみたらあいさつくらいかもしれない、おうむ返ししてもおかしくないとされるのは。

「今日は早かったんだね」

あくび混じりに私がそういうと、あなたはパジャマ姿にまるで釣り合わない厳かな口調でこう言った。

「地球が終わるからね」

「え?」

「トースト、焼けたよ」

食卓には焼き立てのトーストとスクランブルエッグ、ソーセージとほうれん草のソテーにホットミルク、それからあなたの挿れたコーヒーが並ぶ。

私は思わず置き時計を見た。月曜日の午前7時過ぎ、いつも通りの週明け。

トーストにブルーベリーのジャムを塗って一口かじる。ラジオからは気の滅入るようなニュースが今日も流れてくる。

いつもの朝、憂鬱な月曜日、変わらない日々。あなたはそれに終止符を打とうとする。

「地球が終わるんだ。だから月曜日もなにもあったもんじゃないよ」

「そうなんだ」

受け流しているわけではない。あなたと暮らしはじめて8年、あなたの抱える痛みゆえの不可思議な言動になら、何度も遭遇してきた。

特別なことではない。私たちにとってはこれが日常なのだ。ふと、「普通」ってなんだろう、などと思う。ありとあらゆるコトモノの平均のことだろうか。当たり障りのない無難な状態のことだろうか。仮にそうだとしたら、普通とやらと私たちの生活は、ひどく相性が悪い。

「地球が終わったら、もう仕事に行かなくていいのかな」

私がそういうと、あなたは表情を変えずにこう返した。

「終わりは始まりだよ。僕らにはやるべきことがこれからたくさんあるんだ。それを『仕事』と呼ぶかは別だけれど」

「はは、神様にでもなるの?」

「もちろん」

地球が終わるその日も、私は出勤をする。満員電車に揺られて、人波の苛立ちを抜けて。あなたもご飯を食べ、コーヒーを飲み、身支度をして仕事へ行くだろう。

出掛けに玄関の郵便受けを確認すると、近所のスーパーのチラシが入っていた。そこには

地球終焉大セール!

と丸太文字で書かれていた。今日は早く仕事を切り上げて、このセールでペーパー類を買い溜めせねば。

できれば万年筆のインクも買っておきたい。神様はきっと、サインをする機会が多いだろうから。