風邪をひいてしまった。思い当たるのは、薄着にベッドで、ひたすら泣き明かしたことだ。
失恋の前に「大」がつくレベルのダメージだった。もう恋なんて二度とするもんか、と強がれば強がるほど、傷は深くなるようだった。
ぼーっとしたまま、アパートの狭いベランダに出た。春の温もりを帯びた優しい風も、今は虚しさを助長するにすぎない。
今はただ、現実から逃れたかった。外では遊具類に戯れる子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
その場に座り込むと、見知らぬ女性と目が合った。——え、ここ2階なんだけど……などど考える余地もなく、その女性は、こちらに向かってにこりと笑った。
「神さまってぇ、気まぐれなんだァ」
その女性は、背中から透き通った羽を生やしていた。よく見ると、頭上には輪っかが浮いている。
「それでちょっと、神経質なんだよねー」
ギャル口調の天使は、呆然とする私に構うことなく続ける。
「このアパートね、スポットなのォ」
「スポット?」
「ランダムに出現する神界への扉のこと。あんたが夜通しわんわん泣くから、うるさくて眠れないって苦情が来て」
「はぁ」
「神さまからこれ、預かったからァ」
天使? は、私に一枚の紙を手渡した。
「処方箋。有効期限は発行から4日以内」
そこに書かれていたのは、私の名前と「『ありがとう』一日3回毎食後」という文言だった。
「なにこれ?」
「用法用量は守ってね!」
そう念を押すと、ギャル天使? は「じゃーね」とウィンクして天へと消えていった。
(……って、ええー……?)
そういえば、帰宅してから何も食べていなかったことを思い出した。食後、とあるから何かお腹に入れなくてはならない。胃が受け付けるだろうか、と不安に思ったが、試しにストックしてあった食パンにかじりついた。一口食べると、食欲が目を覚ましたようで、そのままぺろりと食べ切ってしまった。
二度と恋なんてするもんか! と、怒りと憎しみに心を支配されそうになる。しかし、どうだろう。負の感情に窶やつされた口からは、どうしても「ありがとう」が出てこない。
「あ、あー、あ……」
ありがとう。有り難う。
本当は、わかっている。もしかしたらこの痛みも、有り難い心の一部なのかもしれない、と。……だとしたら。
私は、大きく深呼吸してから、思い切って口にした。
「ありがとう」
すると、心の一番奥底から、あふれる想いが涙腺を伝って落ちた。