「晩秋の蝶なんて、随分と感傷的じゃない」
黒峯羊子はそう言ってのけた。その時、真水はため息をついて、
「遺体ばかりを相手にしている君とは違うんだ。茶化すのはよしてくれないか」
そう言い返すのが精いっぱいだった。
「ね、白田センセ。私、どうなるの?」
何度目の問いかけだろう。麻衣子がどうなるのか、それは真水にもわからない。言わずもがな、現代医学ではどうしようもないのだ。なんと無力なのだろう。
治療法がないことを嘆いているのではない。それだけではなくて、奇病にかかった少女を、『どこにも行き場がない』という理由だけで精神科病棟に入院させた彼女の家族と、それを容認する社会に、真水は諦観の念を抱いている。
「私、おかしいのかな。あの人みたいに」
麻衣子がデイルーム(患者の日中活動場所)で看護師との会話の中で指さしたのは、もうずっとここに入院している青年だ。
名を、工藤征二という。妄想性人格障害と診断されている。別段、征二が別人のようになって誰かと言い争ったり、暴れたりしているのを麻衣子は見たことがない。それは、主治医である真水も同じだった。
病名など、ただの名札だ。精神疾患にラベルを貼るのは、制度等の利用のための便宜にすぎない場合も多い。
指をさされた当の本人は、アルチュール・ランボーの詩集を読みふけっている。時折、指で何かを描くような仕草をし、ふっと笑う。
「樋野さん。それは工藤さんに失礼よ」
看護師にたしなめられても、麻衣子の気は晴れない。むしろ鬱ぐ一方である。
「私も一生ここにいるのかな? だったら、引きこもりの方が余程マシ。自分の家にいれるんだもん」
応対する看護師が困って言葉を探しているうちに、デイルームの奥から食事が運ばれてきた。
「あ、お昼ごはん」
麻衣子は普段は患部が見えないよう、手袋をしている。その指先が不自然に動いていても、それを気に留める者など、ここにはいない。