十一月。世界が冬に向かって一気に傾いて、多くの詩人が木枯らしに身を震わせながら言葉を紡ぐ季節。
「うぁ、あはははは!―――――うっ」
取り立てて騒ぎ立てることもないだろう。秋の次には冬が来て、冬に飽きたら春になる。その繰り返し。ただただ、彼は見送ることしかできない。
面影橋に佇んで、『それ』を凝視する影が一つ。目の前では、『いつもの』光景が広がっている。
見飽きた、などと言っては失礼かもしれない。こと被害者においては己の一部を奪われたのだ。そう、『襲われたという記憶』さえ。
「ごちそうさま」
真顔でそう言い、『被害者』から『恐怖』を奪い取ったのは、小湊浩之だ。
「あぁ、美味しいなー」
浩之はひとしきりその感情を味わって、
「ごめんね? でも、別にあなたを選んだ理由なんてないんだ」
足元に横たわる女性に、言い訳のように告げた。
「でも良かったね。もうこの人、『恐怖』を味わうこと、無いんだよ。幸せだろうねー。ね、そう思わない?」
いきなり水を向けられて、見物していた影は戸惑った。
「恐怖、ね。これは面白いや。身を守るためにあるってのに、度が過ぎればショック死する人もいるんだってね。面白いなー。うん、面白い」
「……今日は、もう戻る時間だぞ」
「そっか。わかった。あっという間だね。門限なんてバカらしいけど、まぁ、しょうがないよね。マイ・スイート・ホームが待ってる」
「それは嫌味か?」
「別にー」
浩之はニコリともせず言う。影はため息をついた。
「後片付けは俺がやる。間に合うように戻れよ」
「『帰れ』じゃなくて『戻る』ね」
「揚げ足を取るな」
「はーい。……あ」
「どうした」
「見て。川の水面」
浩之は視力がいい。それも、元は『奪った』ものなのだが、こんな淀んだ川の水面に、一匹だけ浮いている黒い蝶の死骸を見つけた。
「かわいそー」
「虫に憐れみは要らないだろ」
「誰にだって憐れみなんて要らないよ」
「それもそうだ。いいから、早く戻れ」
「ねぇ」
「なんだ」
「あれ、欲しい」