第一群  黒 蝶

神田川で、希少な種類の蝶の死骸が見つかったという。しかも、半分に綺麗に切り取られた形で。

車を運転しながら、羊子は舌打ちした。

青山通りを抜けて、警視庁管轄の『白い建物』へ入る。

実物を見た羊子は、開口一番、

「人為的ね」

と吐き捨てた。

「切断面が綺麗すぎる。許せない」
「許せない、ね。ヒトの遺体に対してはそんなこと言わないのに、君は本当に虫が好きなんだね」

苦虫を噛み潰したような表情で、鑑識の青野圭介はため息をついた。

羊子は彼のそんな様子に構うことなく、蝶の半分になった体を観察している。ピンセットで持ち上げると、彼女の指先の微かな震えを反映してふるふると震える。

「綺麗すぎるわ、本当に」
「こんな時期に黒蝶か。珍しくないか?」
「『珍しい』わね、確かに」

圭介は、羊子の微妙なニュアンスの違いを察した。

「まさか、これ、件の『黒蝶』?」
「ご名答。たぶんね」
「そんな。ていうか『たぶんご名答』って随分と適当じゃないか?」
「別にどうでもいいでしょ」
「まぁ、いいんだけど。どうしてそんなもんが、遺体と一緒にあったんだ――あ」

羊子はじろりと圭介を睨んだ。

「口を滑らすのにもセンスがいるのよ。いくらなんでも作為的すぎるじゃない?」
「いや、それは別に、その」
「これだからバカは嫌」
「ひどっ……!」

圭介は己のあたふた加減を誤魔化すために、不器用に深呼吸した。

「で、誰の遺体?」
「躊躇なく突っ込んでくるな」
「仕向けたのはそっちでしょ」
「まぁ、アハハ」

圭介は演技が下手だ。というか、演技が上手な人間など本当に一握りなのだ。よく演技と虚構を同一視する者がいるが、演じることと嘘をつくことは、似ているようでまるで違う。

「一応名前を伝えておくよ。名前は日比野ひかり。34歳の主婦」
「主婦?」
「うん、まぁ」
「主婦が、なんで神田川のほとりに?」

羊子のシンプルな質問に、圭介は眉間にシワを寄せた。

「自殺、にしてはどうも不自然でね。自分で自分の首を絞めているんだよ」
「じゃあ自殺、になるのかしら」
「うーん。周囲には『死にたい』と漏らしてたそうだけど」
「よくある話じゃない」
「そうかなー……」

圭介が首を傾げながら、ドアノブに手をかける。

「検死、どれくらいかかりそう?」
「何とも言えないわ。会わせて」
「『見せて』じゃなくて『会わせて』ってところが、君らしいよホント」
「あら、無神経なバカ以外には、私は常に敬意を払っているわよ」
「え、俺には?」

羊子はニヤッと笑っただけで、そのまま背を向けて足早に去って行った。圭介は軽く苦笑して、ため息をついた。